第12話 貴様の半生に私が興味を示すと思うか?

「ラウィードと言うのか。どうして黙って見ていた?」

「ぼ、僕は状況を冷静に分析して、隙を窺ってただけで……」


 視線が左右に揺れ、明らかに動揺している。


「いや! そもそも貴様の方こそ何者だ!」

「聞いてただろう。通りすがりの冒険者だ」

「冒険者!? ふざけるな! じゃあ、なんで僕や妖精を縛り上げ――ギャ!?」


 話の途中でアラクネが糸を解いたせいで、ラウィードは顔面から地面に突っ込んだ。

 痛そうだ。


(契約者。その男から木偶でくの坊と同質の淀んだ魔力を感じられます)


 イラッとした感覚が同じなわけだ。

 ラウィードはそれでもめげずに立ち上がる。


「リュキ! だまされちゃだめだ! こいつはマッシブロッコリー・ゴーレムキングを操って自作自演をしてただけなんだよ! 油断させて襲う気だ! こっちに来るんだ!」

「え。でも……」


 リュキだけは糸に縛られておらず自由に動ける。

 しかし、戸惑とまどうだけでラウィードの元に近づく様子はない。


「それは貴様の方だろ」

「何を根拠に!」

「答えてくれないのなら、身体に聞けば分かるだろう」


 一歩近づく。


「く、来るな! リュキ! 早くこっちに来るんだ! 逃げるんだよ!」


 冒険者協会で見せた自信満々な姿はなく、情けない振る舞いだ。


「貴様よりもそこで気絶しているしわしわになった男たち、なんならゴーレムの方がよっぽど勇気があったぞ」

「っ! ぼ、僕だってなあ!」


 かんに障ったのかようやく剣を抜き、距離を詰めてくる。


「それなりにはあるみたいだな」

「へ?」


 剣を片手でへし折り、鎧を粉砕し、腹に一発くれてやる。


「ガハッ!?」


 苦悶の声を漏らして、崩れ落ちるラウィード。

 聞きたいこともあるので、軽い一発ですませてやる。


 腰を下ろし、顔を近づける。

 すっかり恐怖の色に染まっているが、話しはまだできそうだ。


「さて。話してくれる気になったかな?」

「は、話します! ど、どこから話せば……まずは、そう! あれは僕が五歳の頃――!」

「貴様の半生に私が興味を示すと思うか? 簡潔に話せ」


 ラウィードが何度も頷いてから口を開く。


「はい! 僕はラズベ家の落ちこぼれで、最後の望みで冒険者ならとやってみたけど、一ヶ月経ってもパープルプレートから抜け出せず! 悩んでいたある日、行商人から買った特殊な魔法道具でゴーレムを操って! クラウンブロッコリーを食べてドーピングして強くなりました!」

「それだけか?」

「いえ! それで孤児院の女性職員のクレアも認めてくれると思って、デートに誘ったけど駄目で! 腹いせに魔法薬を飲ませて寝込ませて! リュキをきつけてわざと森に行かせてから助けて恩を売ろうとしました!」

「少年。今の話、ちゃんと聞いて覚えたな?」


 だいだい予想していた内容だったが、俺よりリュキの方が覚えがよさそうだ。

 俺はこいつの人間関係なんて知らないし、人物相関図とかも一切興味がないからな……。


「え? う、うん」

「いい記憶力だ。続きも頼むぞ」


 幼いながらも頭の回転が速そうな男の子だ。


「ラウィード。話しの続きだ。その旅の商人から買った特殊な魔法道具を見せてもらおうか」

「こ、これです!」


 ラウィードは従順に籠手こてを外して、指にはめた指輪を見せた。

 マッシブロッコリー・ゴーレムキングのコアと同じ黒い魔力結晶。


 その指輪を外してやると、ラウィードの瞳が一瞬だけ虚ろになる。

 やっぱりこの指輪で色々と歪められてしまっていたらしい。


「これは預かっておく。さて。今まで語った内容。改めてみんなの前で自白しろ」

「え。そ、それはさすがに……」


 まだ指輪の効力があるのか、ラウィードは躊躇ちゅうちょする。


「【ポイズンギフト】」


 だから、手を取って毒を付与してやった。


「ちょ!? え!? 今【ポイズンギフト】って言いました!? 毒!?」

「貴様もクレアって女に毒に等しい物を飲ませたんだろう? と言っても、私の毒は寝込むレベルでは済まないが」

「つ、つまり死ぬってことですか!?」


 毒の効果も相まって、たちまちラウィードの顔が青ざめていく。


「死にたくないなら自白すると誓うな?」

「誓います誓います誓います! 絶対にみんなの前で自白します!」

「よろしい。自白と同時に毒は自動的に解毒される仕掛けになっている。安心して自白しろ」


 ひとまずこれで話しは終わりだ。

 ラウィードの両肩を軽く掴んで立たせてやる。


「あ、ありがとうござ――ッ!」


 ラウィードの顎にアッパーカットをお見舞いし、天を舞わせ、また顔面から地面に突っ込ませた。


「大勢に迷惑をかけた報いだ。あとはかけられた奴らが裁くだろう」


 軽く手をはたく。

 これで指輪との繋がりも消えるだろう。

 改めてリュキの方を向いて、腰を下ろす。


「少年……と妖精。聞いて、覚えたな。君たちが証人だ。こいつがちゃんと自白するところを見ておくんだぞ」

「うん。ありがとう、通りすがりの冒険者さん」

「ああ。しかし、少年も無茶はだめだ。さんざん森に入ってはいけないと言われていたんだろう?」


 リュキがしょんぼりと俯いた。


「クレア姉ちゃんの体調が日に日に悪くなってたから。いつも迷惑かけてて、かけたまま死んじゃったら嫌だな……って。まさかラウィードの兄ちゃんが、毒みたいな魔法薬を飲ませたなんて……」

「気持ちは分かるがな。まあ、この小心者も本心からそうしたかったわけじゃない。この指輪でおかしくなっていただけだ。これは俺が責任を持って処分するから安心していい」


 指輪を手の平に載せてから、手で覆って隠し、【アイテムボックス】にしまっておく。


「消えた!? 凄い! どうやったの!」


 手品みたいな芸を見て、リュキがはじめて笑顔を見せた。


「秘密だ。さて。もうすぐ私のバカ弟子がやって来る。さっき聞いて覚えた話しを伝えて、後はそうだな。師匠が後始末は任せたぞ、バカ弟子、と伝えてくれるかな」

「うん! 聞いて覚えた!」

「いい子だ。通りすがりの冒険者との約束だ」


 リュキの頭を撫でる。


 毒を今しがた付与した手だってのに、平気な顔をしている。

 図太い神経をしているな。


 しかし、俺も偉そうなことを言ったが、どうやってこいつらを連れ帰るかね。

 少年と妖精以外の四人は気絶したお荷物状態。


(アラクネ。気絶した四人を街まで運べるか?)

(そのくらいは造作もありません。しかし、その男。殺さないでいいのですか?)


 今までの俺の経緯を考えれば、疑問に思われても仕方がない。

 アラクネは俺が使った毒も簡単に見抜いた上で聞いている。


(こいつは殺す必要もない小物で、小心者だよ。どうなったところで、どうでもいい捨て駒みたいなもんだ)

(そうですね。その男からは血生臭さを感じられません。現状なんの価値も見いだせませんね)

(だから自白した後は初心に返ってドーピングした日数分、トイレにこもってもらう。いい感じにドーピングや魔力汚染が抜けるだろうしな)

(それなら納得です。毒の配分はおいおい慣れていけばいいでしょう)


 ラウィードと冒険者のおっさんたちが、糸に包まれてまゆになった。

 見た目はもう捕食される寸前の状態にしか見えないが、アラクネを信じよう。


(ああ。羽虫にも少々話があるので、連れて行ってよろしいですか?)

(……穏便にな)

(承知しています。お話をするだけですから。では、また後で)

「モガガガガッー!?」


 アラクネは四つの繭に妖精も引き連れて離れていった。


「負傷者は私の方で運んでおく。妖精ともちょっとお話があるみたいだから。しばらく一人ぼっちになるが、我慢できるか?」

「できるよ!」

「いい返事だ。では、さようなら。少年」

「さようなら! 通りすがりの冒険者さん!」


 すっかり元気になったリュキに見送られ、一度その場を離れる。

 自分でやったことだが、周辺の木々をほとんど吹き飛ばしてしまった。

 ある程度離れるしかない。


 不幸中の幸いというか、マッシブロッコリー・ゴーレムキングが周辺の魔物も刈り尽くしたので襲われる心配はない。

 木に隠れて仮面を外し、服装を元に戻す。


 戦闘よりもキャラの演技の方が疲れたな。

『私』とか慣れない一人称で話すもんじゃないな。

 これ以上の反省は後して、すぐに何食わぬ顔で戻る。


「おーい! 誰かいるかー!」

「あ! こっちこっちー!」

「大丈夫か!? 君がリュキか?」

「うん。お兄ちゃんが通りすがりの冒険者さんのバカ弟子?」


 聞いて覚えたことをそっくり伝えるリュキ。

 俺以外に軽々しくバカ弟子って言うんじゃないぞ。


「師匠にはバカ弟子って呼ばれていたが、どんな人だった?」

「紫色の服にクモのマークをつけた人だよ」

「なら、俺の師匠だな。何か言っていたか?」

「後始末は任せたぞ、バカ弟子、って言っていたよ」

「なるほどな。他の、冒険者は?」

「先に運んでおくって」


 俺の方で話を誘導しつつ、つじつまを合わせておく。


「ミンミンとも、お話。ミンミンってのは僕の友だちの妖精で――あ! ミンミン!」


 アラクネとのお話が終わったらしいミンミンが戻ってきた。

 ふらふらとおぼつかない飛び方で。


「アタシ、ミンミンアル」


 なんか語尾が変わってる。


(騒がれて不都合な話をされても面倒なので、お話をして理解してもらいました。数時間で元に戻りますから安心してください)

(そうならいいが)


 友だちの語尾が変わってるのは、さすがに俺ではフォローのしようがない。 


「ここは危険だ。リュキ。帰る道すがら起こったことを話してくれるか?」

「分かった。聞いて覚えたこと、話すね」

「よろしくな。駆け出し初心者冒険者だが、帰り道の護衛くらいはやってみせるさ」

「え。お兄ちゃん、通りすがりの冒険者さんのバカ弟子なのに、パープルプレートなの? だ、大丈夫?」


 さっきまで元気だったリュキの顔が、また不安そうになってしまったが。


「大丈夫だ。いけるいける。パープルプレートの実力を見せてやるよ」

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