後編:終わらないで……

 帰宅後、花楓は虎楠から勧められ買った本を取り出したが、数ページ読んで本棚に戻してしまう。そして、溜め息をつく。


(どうしたら、いいんだろうか……)


握ってくれた手の温もりも、抱きしめてくれた身体全体の温もりも、鮮明に残る。


(そういえば……そろそろ誕生日だって言ってたっけ)


彼は、どんなものが欲しいのか。花楓には、全く想像がつかなかった――が。


(今度、お昼作ってあげようかな。私も、形に残らない方がいいし……)


と思い冷蔵庫の前へ向かおうとした矢先、玲緒奈からLINEが飛んでくる。


『おーい花楓! 後輩くんとのデートどうだったー?』


合わせて、待ちわびたかのような表情のスタンプも送られてきた。


『楽しかったし、めちゃくちゃ幸せだった。だけどね……自分よりいい人絶対いるって』


『そうなのかー……。花楓から話聞いた感じだと、このままくっつきそうな空気出てたのに……何か引っかかることでもあったのかな?』


『……うん』


虎楠から言われたことをありのままに玲緒奈に説明した花楓。


『こりゃあ、後輩くんも散々な目に遭ったもんだわ……まだ心の傷が癒えてないのかなー。私は、そうだと信じてる。もし私が花楓の立場だったら、そんなことないって言ってると思う。花楓を頼って、隣にいて、少しでも癒されたいんだよ』


『頼ってくれてるのは、もの凄く嬉しい……』


『この世の中、完璧な人なんていない。どこかクッソめんどくさくて、どこか自信なくて、どこかかっこ悪い男ばっかりだよ。後輩くんもその1人じゃない。……だから花楓。現状維持で後輩くんと向き合っていくしかないかな。後輩くんがには――時間が解決してくれるのを待つしかなさそう』


『無理に言うのも、困らせそうだよね。私、仮に結婚しても変わらず働きたいと思ってるから、結婚を急ぐ気はない。後輩くんを


 そう返事をした後冷蔵庫を開け、何を作ってあげようか考える。


(そういえば、よくお昼にコンビニのサンドイッチ買って持ってきてたよな。もしかしたら、大好物なのかしら――?)


となると、食パンがない。明日、仕事帰りに買って帰ることに決めた。


 3日後、平日だが虎楠の誕生日当日でもある。昼休み中は2人きりで昼食をとることが、いつの間にか習慣になっていた。よく周りに怪しまれないよなと、思いながら。


「今日は立て込んでないんですね」


「そうだよー? だって今日は貴方のめでたい日なのだから。……はい、誕生日おめでとう! お口に合うか分からないけど、サンドイッチ作ってみたよ」


「え、わざわざ僕のために……? ありがとうございます! いい誕生日になりそうです」


虎楠は美味しそうにサンドイッチを食べてくれた。食べ終わると、そっと手を繋ぐ。


「……来年こそ、花楓さんのめでたい日をお祝いしたいです。楽しみにしててくださいね」


後輩の――そして愛しき人の27歳の誕生日は、お互いの明るい笑顔で照らした1日になった。もちろん、退勤後も彼の車の後部座席で、密かに愛し合っていた。


(……虎楠くん、私……


車を走らせ帰っていく彼を見届けながら、花楓はそう決意を固めるのである――


☆☆☆


 虎楠の心境の変化が来るまで待つと決めた花楓は、普段と変わらず仕事をこなす。それは、彼も同じだ。あの後も毎日のように退勤後に2人きりでこっそり会ったり、月に2回デートをしたり――紅葉が進み外は寒くなっていく一方だが、彼の温もりいつでも感じていた。


 気がつけば11月。時は晩秋になった。この日も変わらず花楓は自分の仕事に打ち込み、昼休みに入ると資料室にこもって虎楠を待っていたが、彼は……来なかったのだ。この日の朝礼で体調不良で欠勤すると聞いて来ないのは分かっていたはずなのに、


 しかし退勤後、花楓とすれ違った虎楠と同じ総務部の社員の話を聞いてしまう。


「虎楠くんさ、さっき来てびっくり。体調不良で休みだって聞いてたのに……部長に退職届出して『お世話になりました』とだけ言って去っていった。『どうやら一身上の都合だ』って部長は、言ってたけど……」


(……え? 何で……?)


花楓の顔が突然こわばる。急いで帰る支度をし、足早に退社し彼の姿を探すも、見当たらなかった。タクシーを捕まえ、彼の住むマンションに向かう。


 5分ぐらいで着き、再び虎楠を探す花楓。意外と早く見つかった。


「……虎楠くんっ!」


「花楓さん……すみません急で。実は父が倒れて、実家に戻らざるを得なくなって」


虎楠の実家は本屋さんを営んでいる。だから、読書が趣味であるのが花楓が納得したのも鮮明に覚えている。


「親御さんが……」


「……決して、花楓さんと一緒にいるのが辛くなったわけじゃないんです」


涙ぐむ虎楠を前に、涙が勝手に溢れる花楓。


「花楓さんのこと、ずっとずっと大好きでした。これは嘘じゃないです……」


(……お願い、神様……)


「貴方以上の女性とはもう出会えないぐらい……僕には眩し過ぎたんです……」


(……頼むから……終わらないで……この燃え上がるようなを……終わらせ……ないでよ……)


言葉にできず、心の中で叫び続ける花楓。別れが惜しく、虎楠に抱きついても、泣き続けた。


 でも、虎楠の決意は固かった。


「この先花楓さんに多大なご負担、ご迷惑をかけたくありません。……これからは花楓さんがくれたもの全てを心にしまって……生きていきます。だから、僕の連絡先も消してください。見送りにも……来ないでください。来ちゃうと……戻りたくなっちゃうから……」


「……うん……っ」


もう1度熱く抱き合った後、別れた2人。別れても、お互いに涙が止まらなかった。2人の『秘密の秋』は、辛くも終焉を迎えてしまった。


 翌日から週が明けるまで、仕事を休み引きこもった花楓。心にぽっかり穴が開き、彼から勧められて読んだかつての本は最新刊まで読み切った後、思い出ごと全て売ってしまった――




―完―

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