中編:秘密の始まり
その後退勤してから、会社近くのコンビニに向かった花楓は虎楠から、週末正式にデートの約束を交わしてしまった。場所は、彼が紹介したいと言っていた大きな本屋さんだ。
(デ、デートなんて、最後にしたのいつだろ……)
――久々すぎて、勝手が分からない。
虎楠と別れ帰宅した花楓は、最近結婚したばかりの友達・
『玲緒奈、今時間大丈夫?』
『全然大丈夫ー、ちょうど暇してたから。花楓からLINEするとは珍しい。何かあった?』
『それが――』
今日あったことを玲緒奈に打ち明けた。
『……ついに来た花楓の最後のモテ期到来!』
『いや、違うし……。いつ以来かのデートだし、どうしたらいいか分からなくて』
『あんまり難しく考えなくていいんじゃない? 私と遊ぶ時と、同じ感じでいいと思うよ。友達と遊びに行く感覚――旦那ともそうしてきたから。無理に背伸びする必要もないよ』
『……ありがとう。そうしてみる』
『後輩くんといい感じになること願ってるよー』
ここ最近連絡を取っている学生時代の友達は、玲緒奈ぐらいしかいない。だから、頼みの綱として彼女を選んだ。彼女のアドバイスが花楓の背中を押し、初デートまで残り何日かの仕事を乗り切った。
初デート当日の朝。花楓の住むアパートの前に1台の車が止まり、虎楠が出迎える。
「おはようございます。今日は、よろしくお願いします……花楓さん」
「こ、こちらこそ、よろしくね。虎楠くん」
急に下の名前で呼ばれてドキリとした花楓だったが、彼に合わせ下の名前でお返しする。
「じゃあ、行きましょうか。車で1時間ぐらいかかりますんで」
「うん」
花楓は助手席に座り、車に揺られ約1時間後――目的地に着く。
「凄い、こんなご立派な本屋さんがあるとは……」
「月1は必ず行くんですよ。今月まだ行ってなくて、ちょうど誘い時かなって思ったんで」
中に入ると、まるで図書館のような雰囲気で、広すぎて迷子になりそうだ。
「花楓さん、ラブコメ関係の本はこっちにあります」
「あ、うん……?」
虎楠は無意識に花楓の手を取っていた。迷子にならないようにしたためだと思うが、花楓は彼という名の異性の手に触れることが、何故か嫌ではなかった。
「……これです。『秋といえば、君との秘密の恋』です。いかに周りにばれないように好きな子と過ごせるか。純愛っぷりもいいんですが、主人公がちょっとドジではあるけど全っ然、憎めないところがいいなーと思ったので」
「表紙のイラストがラブコメっぽくて、初見でも飛び込みやすいよね」
虎楠は周囲に誰もいないのを目視で確認してから……
「……僕もいつか、この作品のような恋がしてみたかったんですよ」
花楓の耳元で、そう囁いた。花楓は思わずびくっとし、恐る恐る彼の方を見る。
「……い、一体どんな女の子と……?」
「さあ? どうでしょうね?」
虎楠は苦笑いを浮かべながら、花楓の頭をそっと撫でた。
「こ、虎楠くん……?」
「ん? 何でしょう?」
「ううん、何でもない。さっそく第1巻買って読んでみる」
「ありがとうございます。読み終わったら、ぜひ感想聞かせてください」
本屋さんのすぐ隣に併設されたカフェで昼食を取り、海沿いを車で走り抜けながら帰路に着く。その前に休憩がてら、ちょっとした売店に寄る。そこから見える景色は、最高のものだった。
夕方、アパートまで送ってもらった花楓は虎楠と別れる。虎楠は別れる前に再び花楓の頭を撫で、恋人繋ぎをしてきた。彼が密かなアピールをしてくるせいで、彼のことが次第に頭から離れなくなる花楓であった――
☆☆☆
週明け、昼休み中に2人きりの資料室でお互いの連絡先を交換し、すぐさま2回目のデートの日程が決まった。仕事に戻る前、虎楠は。
「花楓さん、途中まで一緒に帰りませんか? 周りに見られたくないので、ちょっと時間置いてください」
「ん? ああ、うん。分かったよ」
定時の夜6時になり、皆が席を立ち次々と帰っていく。花楓は虎楠の言う通り、時間を置いて会社を後にした。
「花楓さん、後ろの方へ」
「うん」
後部座席の方へ案内され、車の中へ入った途端……
(……っ!?)
虎楠が後ろから抱き寄せてきた。
「こうでもしないと、花楓さんと2人きりになれないから……」
「そう、だよね……」
……肯定してしまった。
「こっち、向いてください」
こうして、花楓は虎楠との初めてのキスを車内でしてしまう。これが今までとの男より気持ちよくて、何度も何度もしてしまうのである。これが毎日のように――
☆☆☆
初デートから2週間後、2回目のデートの日がやってきた。事前に虎楠が連れて行きたいところがあると言っていたが、具体的な場所は着くまでのお楽しみになっていた。
虎楠の車で2時間余りで向かったのは、山奥にある秋の観光スポットだった。絶好の観光日和で、多くの人で賑わっている。車を降りてからずーっと、離れないように恋人繋ぎをする。この2人の姿は、どこにでもいるカップルである。
「す、凄ぉぉい……都会からなかなか出ないから、こういうの見るの新鮮だね」
「そうですよね。前来た時はコロナ禍で空いてたから、こうして賑わいが戻りつつあるの見てみたかったんです」
(前来た時……虎楠くん1人で来たことあったのかしら? それとも……?)
彼のどこか寂しそうな顔が見えたが、この場で聞くのをやめた花楓。駐車場を出てから、虎楠は左手で花楓の右手を繋いで、右手でハンドルを握る。彼の左手の上に自身の左手を乗せ、離すことなく時間は通り過ぎ、何ヶ所か寄っているうちに日が暮れる。
「……こ、虎楠くん」
「どうしました?」
虎楠が今朝待ち合わせた時と同じ、アパートの駐車場の前に車を停めてから、花楓が尋ねる。
「私……虎楠くんの隣にいられて、今すっごく幸せ。これからも私だけを見てて欲しいなぁ……なんて」
「……それは、僕への告白……ですよね?」
「?」
再び、寂しそうな顔をする虎楠。
「……僕は、結婚を約束していた彼女に捨てられたんです。同棲までいったのに……僕のどこかが気に入らなかったのか、いきなり彼女に追い出されて。以後音信不通になりました」
「そんな……」
「今日連れて行った場所は、その彼女と行ったところなんです。何だか上書きしたくなっちゃって……」
見つめ合いながら、数秒の沈黙。
「花楓さんのことこんなにも好きなんです。でも……落ちこぼれの僕よりいい人絶対いますよ。花楓さんのこと、しっかり見ててくれる人が……必ず」
そんなことない……と花楓は励ましたかったが、虎楠からキスを求められる。何度も唇をつけ終わると、名残惜しくも互いに帰宅せざるを得なくなってしまったのだ。
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