秘密の秋

はづき

前編:芽生える時

 入社から今日まで、アパートと会社との往復を繰り返す日々。たまに同期や友人と出かけたりするが、男の影なんてどこにもない。そんな彼女の名は有河ありかわ花楓かえで。入社8年目のバリバリのOLも、今年で31歳になってしまった。


〈無事入籍したよ! いつも応援してくれてありがとう。花楓には感謝してる〉


〈なんとね……昨日プロポーズされちゃった……この指輪が、この証なの。いつか花楓にもそんな人、現れるといいね〉


〈花楓先輩っ! ついに……念願の彼氏できましたー!〉


友人や同期、後輩から嬉しい報告を受けることが多い――いや、花楓。


(私だけ、置いていかれる……)


毎度のように溜め息をつき、結婚式に呼ばれる度に頭を抱えていた。


 なかなか出会いのない花楓だったが、周りに比べ仕事はできる人間。営業部のメンバーの中で1番の実績を出し続け、歯が立たない存在になっていた。


 次年度には史上最年少で営業部の部長になるのではないか、と噂されるようになってきた花楓。そんな中のお盆前のある日のこと。


(去年のあの資料、この辺にあったはずなんだよな……)


机から離れ、資料室に姿を現していた花楓。探し物を見つけたが棚の最上段にあり、花楓でもやっと届くぐらいの高さだった。


(……これだ! ……届く……はず……っ……)


やはり花楓の身長では届かない。脚立を持ってこようとしたその時。


「……これを取りたかったんですか? はい、どうぞ」


軽々とファイルを取って彼女に渡したのは、総務部の入社4年目・平瀬ひらせ虎楠こなんだった。


「……あ、ありがとう。君は確か総務部の平瀬くん」


「あ、はい。そうです」


「有河さんの噂はこっちにも及んでますよー。僕も頑張らないとって思います」


「いやーそれほどでもー。んじゃ、それでは」


足早に持ち場へ戻る花楓。虎楠も数分もたたずに用を終え戻る。部の違う2人がこうして接点を持つことはそうそうないのだが、これを機に関係に変化が起ころうとは、想像していただろうか――


☆☆☆


 花楓が次に虎楠と会ったのは、お盆明けのこと。


「お、平瀬くん。お疲れ様」


「お疲れ様です。有河さんが資料室に向かう姿が見えたから……誰もいないうちに聞きたいことが」


どうやら彼は、花楓の後ろ姿を追って来たのだ。


「仕事がバリバリできる秘訣って何ですか? 僕は今でもけっこうつまづくので……」


「……秘訣、ねぇ。……まず、余計なことは考えないこと。そして、短期集中で1つのことやり切っちゃうつもりでやること。私は普段からこの2つを心がけてやってる」


部は違うが、会社の先輩としてこうアドバイスを送った花楓。


「ありがとうございます。これからそうしてみます」


「いえいえー、私のアドバイスが役に立つのならしたかいがあるね」


 翌日も、花楓と2人きりを狙う虎楠は、彼女の姿を追って資料室に向かう。2度あることは3度あるというのは、まさにこういうことをいうのだろうか。この日も、花楓以外誰もいなかった。


(僕は有河さんと話がしたいだけなんだ。他の人には聞かれたくないんだよ……)


彼女を探しながら、虎楠はこう思うのだ。


「有河さん、そろそろお昼休憩ですよ?」


「あ、ごめん。教えてくれてありがとう。……でもいいかな。まだやんなきゃいけないことあるし、ここでご飯食べようかな」


花楓が自ら作った弁当を取り出す。


「うわぁ、美味しそう。これ全部作ったんですか?」


「そうなの。私こう見えて料理が趣味で。たまに休みの日に先輩や後輩、友達に私の手料理を振る舞ってるんだよねー」


(……すごい。何1つ勝てる気がしない)


虎楠はよだれが出そうになるのを耐えながら、コンビニで買った弁当を袋から取り出していた。


「……趣味、かぁ。僕は読書ですね」


ぽつり、自身の趣味も教える虎楠。


「読書……いいねぇ。どんなの読むの?」


「本当に色んなの読みますけど、最近だとラブコメ読みますね。ちょっとでも笑いがあるとすいすい読めちゃうので」


「そうだよねぇ……少しでも笑っておかないとストレス発散にならないよねぇ」


資料室のソファで隣り合わせで座り、昼食を取る花楓と虎楠。


「料理以外に趣味あったらいいなーって思ってたんだよね。今度、おすすめ教えてよ!」


「も……もちろん! さ、最近ハマっている作品を……お、教えますっ!」


先輩に笑顔でお願いされるとは思っておらず、驚きを隠せない虎楠。驚きと同時に、自身のおすすめを紹介することが何よりも楽しみにしていた。


☆☆☆


 それから少し時が過ぎ、9月初め。虎楠は花楓に勧めたい本を1冊、鞄に入れて出勤した。あれから悩みに悩んで選んだ。そして、彼女の姿を追いかけ続け、彼女に対して並々ならぬ想いも抱えて。


 この日も花楓の後ろ姿を追って資料室に向かう虎楠。中に入ると、花楓以外に2人3人いた。


(早く居なくならないかなぁ……)


彼女の姿を確認してから、近くをウロウロする。10分ぐらいたって、花楓以外の社員が資料室を出た。


「……あ、有河さんっ。そ、そろそろ……お昼休憩ですよ?」


恐る恐る声をかける虎楠。


「あ、ありがとう。また教えてもらっちゃって……仕事に没頭し過ぎるのもよくないね」


「本当ですよ……」


と言いながら、花楓に近づく虎楠。


「ひ、平瀬くん? え、どうした?」


「……有河さん。こないだ話した、おすすめの本持ってきましたよ? ……僕、休みの日によく本屋さん行くので、今度大きい所、紹介がてら一緒に行きませんか?」


「わ、分かったけど……でも急にどうした? お出かけなんか、誘っちゃって?」


花楓は心配そうに虎楠の様子を伺っている。


「……有河さんのことが、好きだから。そうじゃなきゃ、そんな話しないですよ?」


彼の口からこぼれたのは、告白だった。


(え? え? 私、後輩の子に告られた……!?)


まさかの出来事に、その場で固まってしまう花楓。虎楠は同期の男性社員達とご飯を食べに居なくなったが、一方の花楓は資料室にたた1人、静かに立ち尽くしていた。

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次の更新予定

2024年10月2日 20:00
2024年10月6日 20:00

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