秘密の秋
はづき
前編:芽生える時
入社から今日まで、アパートと会社との往復を繰り返す日々。たまに同期や友人と出かけたりするが、男の影なんてどこにもない。そんな彼女の名は
〈無事入籍したよ! いつも応援してくれてありがとう。花楓には感謝してる〉
〈なんとね……昨日プロポーズされちゃった……この指輪が、この証なの。いつか花楓にもそんな人、現れるといいね〉
〈花楓先輩っ! ついに……念願の彼氏できましたー!〉
友人や同期、後輩から嬉しい報告を受けることが多い――いや、受けるばかりの花楓。
(私だけ、置いていかれる……)
毎度のように溜め息をつき、結婚式に呼ばれる度に頭を抱えていた。
なかなか出会いのない花楓だったが、周りに比べ仕事はできる人間。営業部のメンバーの中で1番の実績を出し続け、歯が立たない存在になっていた。
次年度には史上最年少で営業部の部長になるのではないか、と噂されるようになってきた花楓。そんな中のお盆前のある日のこと。
(去年のあの資料、この辺にあったはずなんだよな……)
机から離れ、資料室に姿を現していた花楓。探し物を見つけたが棚の最上段にあり、花楓でもやっと届くぐらいの高さだった。
(……これだ! ……届く……はず……っ……)
やはり花楓の身長では届かない。脚立を持ってこようとしたその時。
「……これを取りたかったんですか? はい、どうぞ」
軽々とファイルを取って彼女に渡したのは、総務部の入社4年目・
「……あ、ありがとう。君は確か総務部の平瀬くん」
「あ、はい。そうです」
「有河さんの噂はこっちにも及んでますよー。僕も頑張らないとって思います」
「いやーそれほどでもー。んじゃ、それでは」
足早に持ち場へ戻る花楓。虎楠も数分もたたずに用を終え戻る。部の違う2人がこうして接点を持つことはそうそうないのだが、これを機に関係に変化が起ころうとは、想像していただろうか――
☆☆☆
花楓が次に虎楠と会ったのは、お盆明けのこと。
「お、平瀬くん。お疲れ様」
「お疲れ様です。有河さんが資料室に向かう姿が見えたから……誰もいないうちに聞きたいことが」
どうやら彼は、花楓の後ろ姿を追って来たのだ。
「仕事がバリバリできる秘訣って何ですか? 僕は今でもけっこうつまづくので……」
「……秘訣、ねぇ。……まず、余計なことは考えないこと。そして、短期集中で1つのことやり切っちゃうつもりでやること。私は普段からこの2つを心がけてやってる」
部は違うが、一応会社の先輩としてこうアドバイスを送った花楓。
「ありがとうございます。これからそうしてみます」
「いえいえー、私のアドバイスが役に立つのならしたかいがあるね」
翌日も、花楓と2人きりを狙う虎楠は、彼女の姿を追って資料室に向かう。2度あることは3度あるというのは、
(僕は有河さんと話がしたいだけなんだ。他の人には聞かれたくないんだよ……)
彼女を探しながら、虎楠はこう思うのだ。
「有河さん、そろそろお昼休憩ですよ?」
「あ、ごめん。教えてくれてありがとう。……でもいいかな。まだやんなきゃいけないことあるし、ここでご飯食べようかな」
花楓が自ら作った弁当を取り出す。
「うわぁ、美味しそう。これ全部作ったんですか?」
「そうなの。私こう見えて料理が趣味で。たまに休みの日に先輩や後輩、友達に私の手料理を振る舞ってるんだよねー」
(……すごい。この先輩に何1つ勝てる気がしない)
虎楠はよだれが出そうになるのを耐えながら、コンビニで買った弁当を袋から取り出していた。
「……趣味、かぁ。僕は読書ですね」
ぽつり、自身の趣味も教える虎楠。
「読書……いいねぇ。どんなの読むの?」
「本当に色んなの読みますけど、最近だとラブコメ読みますね。ちょっとでも笑いがあるとすいすい読めちゃうので」
「そうだよねぇ……少しでも笑っておかないとストレス発散にならないよねぇ」
資料室のソファで隣り合わせで座り、昼食を取る花楓と虎楠。
「料理以外に趣味あったらいいなーって思ってたんだよね。今度、おすすめ教えてよ!」
「も……もちろん! さ、最近ハマっている作品を……お、教えますっ!」
先輩に笑顔でお願いされるとは思っておらず、驚きを隠せない虎楠。驚きと同時に、自身のおすすめを紹介することが何よりも楽しみにしていた。
☆☆☆
それから少し時が過ぎ、9月初め。虎楠は花楓に勧めたい本を1冊、鞄に入れて出勤した。あれから悩みに悩んで選んだ。そして、彼女の姿を追いかけ続け、彼女に対して並々ならぬ想いも抱えて。
この日も花楓の後ろ姿を追って資料室に向かう虎楠。中に入ると、花楓以外に2人3人いた。
(早く居なくならないかなぁ……)
彼女の姿を確認してから、近くをウロウロする。10分ぐらいたって、花楓以外の社員が資料室を出た。
「……あ、有河さんっ。そ、そろそろ……お昼休憩ですよ?」
恐る恐る声をかける虎楠。
「あ、ありがとう。また教えてもらっちゃって……仕事に没頭し過ぎるのもよくないね」
「本当ですよ……」
と言いながら、花楓に近づく虎楠。
「ひ、平瀬くん? え、どうした?」
「……有河さん。こないだ話した、おすすめの本持ってきましたよ? ……僕、休みの日によく本屋さん行くので、今度大きい所、紹介がてら一緒に行きませんか?」
「わ、分かったけど……でも急にどうした? お出かけなんか、誘っちゃって?」
花楓は心配そうに虎楠の様子を伺っている。
「……有河さんのことが、好きだから。そうじゃなきゃ、そんな話しないですよ?」
彼の口からこぼれたのは、告白だった。
(え? え? 私、後輩の子に告られた……!?)
まさかの出来事に、その場で固まってしまう花楓。虎楠は同期の男性社員達とご飯を食べに居なくなったが、一方の花楓は資料室にたた1人、静かに立ち尽くしていた。
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