29. 兄、借金の代償を受け入れる
「鬼ごっこ、ねぇ。マハール君はどうしてそう思ったのかにゃ?」
ミシャさんはニヤリとした顔を隠そうともせず、説明を要求してきた。俺はその態度に、予想が当たっていたと確信する。
そもそもの話、戦闘系のイベントではないことは確実だった。このゲームを始めて間もない俺たちが立ち上げたギルドで、戦闘要員として真面に戦えるのはリンスさんぐらいしかいないのだ。
そして俺に出されたミシャさんからの指示。戦闘系ではない隠密スキルと奇術スキルの育成は、最初何のために上げるのか分からなかったが、今回の地下遺跡ダンジョンの攻略でその意味がやっとわかった。
「ミシャさん。俺たちがあのダンジョンを真面に攻略せず、逃げ回りながら進んで行くって最初から想定してたんですよね?」
「まぁ、そうだね。実力は勿論、回復薬やら装備品やらも足りてない。そんな状況であのダンジョンは流石に難しいと思ってたよ。それにマハール君は、諦めが悪いわりに楽の仕方を知っているタイプだったからね。きっと、そのやり方に辿り着くと思っていたのさ♪」
「……諦めが悪いというより、諦めることを許さない暴君が身内にいるんですよ」
俺はそう言って深いため息をついた。
チアは度々熱にうかされたように走り出し、目的を達成するまで止まらない。なればこそ、俺の役割は如何に楽に、そして安全にチアを満足させられるかなのだ。
ちなみにこれは後で聞いた話なのだが、プログレス・オンラインでは敵と一切戦わずにボス部屋まで行き着く時間を競う楽しみ方をする層がいるらしく、今回俺たちが行った地下遺跡ダンジョンは比較的簡単に最奥まで行けるダンジョンとして認知されているらしい。
「それでマハール君は地下遺跡ダンジョンでの経験から、他者から逃げる系のイベントなのではと考えたわけだね」
「より厳密に言うのであれば、『俺が逃げる』イベントですね」
「それはどういう意味だい?」
「だってミシャさん、チアには戦闘系のスキル上げを課題に出してたじゃないですか」
これがもし、俺たち【せかいせいふく団】が一般参加者から逃げるイベントなのであれば、チアに戦闘系のスキル上げを課題に出す必要はない。
それに、チアが成りたいのは悪の女幹部であり、つまりそれは悪の組織なのだ。ただ単に一般参加者から逃げる鬼ごっこでチアが満足するとは思えない。
「つまり……次のイベントは『俺が一般参加者から逃げて』『俺以外のギルメンが一般参加者を追いかける』、そんな鬼ごっこイベントじゃないんでしょうか?」
俺がそうミシャさんに問い掛けると、ミシャさんは満面の笑みを見せた。
「素晴らしい。マハール君、大正解♪」
「やったー♪ にーちゃん、正解したよ!」
「1から10まで正解したのは俺だけどな」
「正解したご褒美に、チアちゃんの頬にチューしてあげよう♪」
「やめい! チアを毒牙にかけるな!」
ミシャさんはわざとらしく頬を膨らませ、「毒牙とは失礼な!」とプンプン怒っていたが、確実に楽しんでいる事はバレバレだ。
「さて、イベント詳細も伝わったところで、店の工房にイベントで使うバーチャ製アイテムを用意してるから、チアちゃんとリンスちゃんはバーチャからアイテムの説明を聞いておいてもらえるかな」
「にーちゃんは?」
「マハール君はここでイベントの打ち合わせだね。主催者は忙しいのさ♪」
そう言ってミシャさんは3人をこの場から追い出し、俺とミシャさんの2人だけが残った。
「で、何の話ですか?」
「何の話かって聞かれると、借金の返済についてだね。マハール君、マジックスターロッド壊したんでしょ?」
「本当に何でもお見通しですね。まぁ、最初から俺にこれを壊させるために自爆機能を搭載したんでしょうから、お見通しで当然ですが」
俺は非難がましい目でジトリとミシャさんを睨む。
だが、本当に恨んでいるわけではない。結局のところ、マジックスターロッドを壊してでもクエストをクリアしようと決断したのは俺なのだ。それをミシャさんの責任にする気などさらさらない……が、ミシャさんに思うところが全くないかと言われると嘘になる。
「まぁまぁ、そう怒らないで。これはマハール君のためでもあったんだから」
「俺のため?」
「そそ。その説明のためには、まずこれを渡しておかないとだね」
そう言って差し出されたのは、新しいマジックスターロッドだった。
「これは今回のクエスト攻略のためだけに貸し出された物だったはずですが?」
「前のはね。今回のこれは、次の大規模イベントが終わるまで貸し出す装備さ♪」
「……一般参加者がわんさかいるイベントで、俺にこれを使えと?」
「厳密に言うと『これも』だね。当日には他にも色々アイテムを渡す予定だから、マハール君にはそれらを十全に使ってイベントをかき乱してもらう予定さ♪ そしてそれが、マジックスターロッドを壊した代償だね」
壊した代償と聞いて、俺は深いため息をつく。そう言われてしまえば、俺に拒否権などないのだ。
そんな俺の様子を見て、ミシャさんは俺の顔を覗き込むようにして問い掛ける。
「きっとこのイベントは上手くいくよ。でも、話題性という観点で成功か大成功かを決める要因が1つある。なんだと思う?」
そう問い掛けられ、なぜミシャさんは借金を背負わせてまで、俺をイベントで道化にしようとしているのかを理解した。
「俺か……。この個性の闇鍋のようなギルドの中で、俺だけが普通だ。今回のイベント主催者で、イベント内でも重要な役割を担う俺が無個性のままじゃ、確かにイベント終了後の話題性にケチが付くわな」
「ぶっちゃけそういう事ね。それで、借金がマハール君のためって言うのはね……多分マハール君、チアちゃんの望むイベントを成功させるためなら、借金がなくても道化でもなんでもやるでしょ?」
ミシャさんにそう問われ、一瞬回答に躊躇する。
「……そう言われると、全力で『そんな訳ねぇだろ!』って言いたくなりますが。……まぁ、やるでしょうね」
「流石チアちゃんのお兄ちゃん。それぐらいの気概がないと、あの子のお兄ちゃんはきっとできないのさ♪ だからね、どうせやるならやらざるを得ない理由が『兄として』とか『妹のため』だけじゃなく、別にあった方が幾分か気が楽でしょ?」
そう言われて俺はやっと気付いた。これはミシャさんなりの気遣いだったのだ。
何とも回りくどくてわかりづらい。
――と言うか、これ絶対にミシャさんがより楽しみたかったって理由も絶対あっただろ!
「まぁ、思うところはあるだろうけど、今回は道化を思いっきり楽しんじゃいなよ。大丈夫、あのチアちゃんのお兄ちゃんをちゃんとやれてるんだもん。君は十分に逸材さ♪」
ミシャさんはそう言って、珍しく嘘臭くない笑顔を俺に向けた。
妹が悪の幼女幹部になった件 七瀬 莉々子 @nanase_ririko
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