第五話 初めての戦闘


「ねえねえその子触っても良い?」


「もう能力発現したってすげえな!」


 アクマのこと連れてくるんじゃなかった・・・・周りに人を寄せ付けすぎる。あぁ他人と話すの慣れてないんだよな。施設のみんなは家族みたいなもんだし。もっと他人と話す機会さえあれば・・・・

 他人という、人に慣れてない俺が人に囲まれて、正常でいられるわけもなく。だが突如として、そんな俺を助けてくれる女神が現れる。


「ちょっとみんな〜圭介くん困ってるでしょ! 喋りかけるのは一人ずつ、質問は一回までね」


 米子さんマジ天使っす。


 米子と再会した後。積もり積もった話があるにも関わらず言葉が出なかった時だった。続々と生徒たちが教室に入ってきたのだ。そして俺たちは言葉を繋げる機会を失い、今に至る。それにしてもみんなフレンドリーというか、距離が近いというか。


 キンコーンカンコーン、とチャイムが鳴る。その音色と重なって、教室の開いた扉の方からコツコツと、あの気高きヒール音が聞こえてくる。彼女だ。綺羅星飛鳥。みんなの声が静まり返る。その音に釣られるように、みんなの視線は扉へ向かう。

 やはり改めて見ると、とても綺麗だ。緑のロングに黄色いまなこ、そしてEvolvの紺の制服。三色のコントラストが非常に綺麗だ。

 教室に入り、教壇の上に立つ彼女はとても凛々しい。


「やあみんな、綺羅星飛鳥だ。今日から私が君たちのおもり、いや担任になる。私が担任になるからには君たちを一人前のEvolverに育てることを約束しよう。ただし一つ条件がある。死にたくない奴は三年間、君たちがEvolverになるまで私の言うことを全て聞くことだ。これを守れない奴の、命の保証はしない」


 唾を飲み込んだ。ゆったりとした彼女の口調からは緊迫感を感じる。まるでこれから当たり前に人が死んでいくことを示唆しているようだった。


「まあそう暗い顔をするなっ。君たちは今日から晴れて高校一年生だ! ひとまず自己紹介から始めよう。私の自己紹介の必要はないと思うが一応しておこうか。私は綺羅星飛鳥、能力「創造」を操る発現者だ。能力について詳しく説明しよう。硬さや伸縮、大小が自在の特殊な物質を創り出し、自由に動かすことができる、というものだ。・・・・さて私の自己紹介は終わりだが、次は誰が行く?」


 そう問いかける綺羅星飛鳥に応えるように、皆の視線は俺へと集まってくる。先ほどまで、誰が話題の中心にいたかを考えれば、それは当然のことなのかもしれない。


 こうして俺を皮切りに自己紹介が始まっていった。一時間目は自己紹介の後、質問攻めを受けて、ことなきを得た。そして今現在は二時間目、歴史の授業真っ只中。


「ーーーーーーえーですから、H物質により無毒化されたXウイルスをワクチンに利用するのは不可能であり、現在もワクチンの開発には至っていません。そのことからーーーーーーーーー」


 はっきり言って退屈だ。歴史と言っても今のところは、近代の一般常識を問われている程度。新しく得るものは一つもない。


「ーーーーーーえーそのため、」


 ギャリンッ!!!!!!!!


 という音を立て、マジックミラーがうねりをあげる。そのうねりを、マジックミラー側の席にいる俺は肌で感じながら、教室の前、教壇の横にいる化け物に吃驚きっきょうしていた。


 ポォーーーーーーン!!!!


「ブラックボックス32フロア内に異形を検知しました。周りにいる方は速やかに地上、または1フロア内のシェルターに逃げてください。繰り返しますーーーーーーーーーーーーーーー」


 聞き覚えのある機会音声が教室の中でこだまする。

 教室のみんなが慌てふためく中、その化け物は微動だにしていない。

 のっぺらぼうずのつるんとした白い頭に、体は臓器が抜け落ちた、肋の残った異様な体をしている、その化け物。明らかに異形だ。


「皆さん逃げてくださぁぁい!」


 杉下右京が叫ぶ時のような、緊迫感のこもった声で避難を促す歴史の先生。確か名前は田中・・・・禿? 秀・・吉? だったかな? それはともかくとして俺は今、何をしなければいけないのか。そう、逃げなければいけない。逃げなければ。

 逃げようと、足の微動をかき消して、席を立とうとしたその時だった。

 異形の手から何かが二つ放たれる。その何かは教室の扉にくっつくと、スライム状に広がり、やがて固まった。その固まりは扉を覆っている。生徒の一人が扉を開けようとするが開かない。

 どうやら俺たちは閉じ込められたらしい。そのことに気づき扉を叩く者。化け物をじっと見つめる者。恐怖で目を瞑る者。失禁する者。

 俺はどうなのだろう。どれかと言えば化け物をじっと見つめている部類に入るのだろう。その中でもドッジボールで球を避ける時の感覚に近い。緊張感、緊迫感が一向に解けない。一つのミスも許されない。許せば死ぬと、本能が告げていた。

 ドッジボールの球はいつも突然放たれる。その放たれた粘着質の何かは田中先生の顔へと命中した。それはまたスライム状に広がって田中先生の顔を覆う。

 田中先生はもがき、やがてバランスを崩すと地面に倒れ込んだ。その何かが固まった後も彼はもがき、足を無意味にしならせている。おそらく呼吸ができないのだろう。彼のもがき苦しむ姿が目に焼き付く。何をじっと見つめているのだろう。動かなきゃいけない。助けなきゃ。何のために俺は能力を手に入れたと言うんだ。そう思っても、頭に訴えかけても、体は動かない。ただ先生がもがき苦しむ姿と嫌な耳鳴りが響くだけ。あの時と同じ。


「圭・・・・くん・・けいす・・くん・・圭介くん! 圭くん!」


 凛とした声にハッとする。気づくと視界は揺れていた。肩を揺さぶられていた。この声は米子だ。


「そんなとこで立ってないで、ドアの方に行くよ!」


 そう言うと米子は俺の手を若干強く引く。


「あぁ、あぁ」


「現在、異形と思われる生命体を隔離しました。繰り返しまーーーーー」


 アナウンスと共に教室の外の方からガゴン、という音がする。どうやら隔壁が降りたようだ。生徒たちの悲鳴はさらに切迫感を帯びる。

 このまま手を引っ張られ、みんなと同じようにただ隅で怯えるだけでいいのだろうか。

 分水嶺にいる気がした。ここで選択を誤れば、これ以降も逃げ続けることになるような、そんな予感がしていた。だから俺は・・・・


「アクマ、俺に力を貸せ」


 米子の手を勇気でもって振り払い、俺は異形へと意識を集中させる。


「おう! 待ってたぜ相棒!」


「・・・・で? どうすればいい?」


 ズコーッという効果音と共にアクマは、ずっこける。


「いや、今そういうのいいから」


「すまねえすまねえ、力を貸せってカッコよく言うもんだから、そのギャップでな」


「で、まず先生を助けるにはどうしたらいい」


 アクマは冷静に答える。


「先生を助けるにはあの硬いもんを頭から外さなきゃいけねえが、無理やり外そうとすれば死んじまうだろぉ。だから俺たちがやるべきことはあの異形をぶっ倒すことだ!」


「そうだよな・・ってどうやって戦えば?」


 今の俺に戦闘技術は無い。Xエネルギーの使い方もまだ知らない。一体どうすれば・・・・


「言ったろ?オラはお前のだって、オラを使え!」


「あ、あぁ」


 おもむろに、ぎこちなく俺はアクマの体を、掲げてみる。・・・・何も起こらな・・い?


「ただ持つだけじゃ意味がねえ! 剣をイメージしろ!」


 イメージする。剣を。かっこいい剣をイメージする。ん? かっこいいってなんだ? かっこいい、カッコいい、格好いい?


「そうじゃねえよ、もうわかった。イメージしなくていい。その代わり、『しゅをもって命ず、アクマよ、剣のかたを為せ』って言え」


「わ、わかった」


 目を瞑り深呼吸し、息を整える。


「主を? もって命ず、アクマよ、剣の型を為せ」


 そうすると、眩い光と共に一本の剣が現れた。それは黒光りしていて一本の黄土色のストライプが入っている。


『聞こえるか? 圭介』


 アクマの高い声が脳内に響く。どういうことだ。


『オラはお前だ。お前と触れている間はお前の気持ちがわかるし、しようと思えばこっちからオラの気持ちを直接伝えることができる』


「お、おう」


 なんとなくわかった気がする。


『わかったならいいってことよ!』


 本当に心が読めるらしい。

 いや今はそんなことはどうでもいい。今はとにかく目の前にいる敵を。


 足に力を込め、異形へ一直線に跳びかかる。約二十メートルという距離を一瞬で跳ぶ。机に当たったが少しスピードが落ちただけ。いける。このまま剣で振りかかれば。

 全てがスローに見えた。剣先が異形の首に当たる瞬間。


 俺は元いた場所まで吹き飛ばされていた。










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悪夢を斬り裂く二人のアクマ 来世は動物園の動物になりたい @nyakonyako893

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