第5話 毒手

1.

 後藤虎太郎は、柳川栄一から、仙波由吉を殺した報告を聞いていた。

「死んだか。」

「分かりません。それは。」

「なぜだ?」

「奴も殺法家ですからねえ。」

 背の低い中年の男は恐れずに言った。

「まあいい。報酬だ。」後藤は札束をテーブルに投げた。

「ありがとうございます。」

「おい。次は、この男を殺せ!!」

 後藤は写真を柳川に渡した。

2.

 警察病院にて、一人の男は目を覚ました。すると、自分の目の前には、男の顔があった。知っている顔であった。

「気が付いたか。」

「ふ、福田さん。」

 警視庁組織犯罪対策課の福田権蔵。田中と同じく柔道出身者で、警視庁では異端児と呼ばれていた。

 強行突破気味の捜査をするのは、福田ともう一人の異端児井上直樹に教わったことであった。

 大物の政治家が関わっていようが、財界人が関わっていようが、アメリカが関わっていようが関係なかった。そんな二人を田中は尊敬していた。

「お前が完敗を喫しようとはな。」

「すいません。」

「謝らなくていい。菅野琉人に戦いを挑もうとする奴なんていなかったんだからな。」

「福田さんもですか?」

「まあな。」福田は表情を変えなかった。坊主頭に濃い眉毛、狐のように細い目をしていた。田中よりも体は小さかったが、威圧感はものすごかった。他の患者からはやくざが入院しているように見えていたが、ナースがきちんと説明をしていた。

 すると、同じ病室にいた老人たちからみかんを手渡された。田中はやさしくお礼を言った。

「まあ、お前と井上はやくざみたいなこともやっているからな。」

「昔の話ですよ。」

「藪蛇ファイナンスを見逃してたのはいただけんがなあ」

「そうですね。あの時は黒澤組と繋がっていませんでしたから。」

「後藤虎太郎か....」

「後藤が、菅野琉人の息子を狙っているということで。」

「喧嘩両成敗ってわけだな。」

3.

 柳川は、写真を見ながら、菅野悠人をさがしていた。大阪にいないことは分かっていた。組員の調査により、京都に移っていることは分かっていた。

  祇園の街を柳川はとぼとぼと歩いていた。

 通行人は、異国の地からやってきたようなものを見る眼で柳川を見ていた。いでたちはいたって普通であった。

 黒いシャツにグレーの長ズボン。黒の革靴を履いていた。荷物は何も持っていなかった。腹のところに少しふくらみがあった。札束であった。普通はケースなどに入れるが、柳川はベルトに挟むようにして入れ、それをシャツで隠していた。

 すると、路地裏に絡まれている男の姿があった。男が3人ほど、そして、背広を着た男が土下座をしていた。

「すいません。手持ちはそれだけしかないんです。カードは妻から没収されてて...」

 男は泣きながら言った。よくみると、スーツの生地が余っていた。最初にスーツを買った時より肉が細くなったのだろう。

「舞妓さんにどれだけ迷惑かけたら気が済むんじゃ!!」男は唾をまき散らしながら言った。

「きみたち...この写真の男知らないかな」柳川は男たちに声を掛けた。そこには、遠慮も謙遜もなかった。

「取り込み中だ!!見て分からんか!!」柳川の目を見たとき、男たちの目の色が変わったのである。

「あんた、どこの組のもんや?」

「組員じゃないんだが、黒澤組に世話になってるよ。」通常、やくざの名前を出すときはこけおどしに使うのだが、柳川にはそういった意図はなかった。だが、男たちにはそうは映らなかった。

「黒澤組か...磯山響のところやな」この口調から察するに、黒澤組と敵対関係にある組織らしい。

「あんた鉄砲玉か?」

「ちがうよ。」

「嘘ついてんじゃねえ!!」男はナイフを出した。それを柳川の方に突き刺そうとしたが、手首を返され、自分の腹部を突き刺した。

 二人目の男は、柳川に殴りかかったが、掌底で顔面を打たれた。三人目の男には顎を肘で打ち失神させた。

 柳川は壁を伝い屋根に逃げていった。

4.

 後藤虎太郎は磯山響に呼び出されていた。

「会長なんですか...」般若の顔をそのまま形どられたような男であった。

「後藤よ...お前最近殺し屋使って、殺し屋追ってるらしいな。」

「はい...」

「なんでだ?」

「殺し屋同士潰し合ってくれたら、それでいいですから。」

「その件なんだが、柳川が板垣組と面倒を起こしたらしい。」

「え?」

「鉄砲玉と勘違いした下っ端が、柳川にちょっかい掛けたらしい。まあ、向こうの組長は何も言ってなかったが、板垣組は柳川に復讐するらしい。」

「そうですか。」

「うちと、板垣はシノギを取り合ってる状況だ。あんま問題起こすなよ。」

5.

 畳の上に手があった。窓からの日差しで影が映っており、壁に逆さのなっている影があった。

 菅野悠人は逆立ちで腕立て伏せをしていた。体幹でバランスを保ちながら腕を曲げていた。

 寸分の狂いもなかった。ペースも一定だった。手をすべてついているわけではなく、指のみで立てている状態だった。

 それを数十回繰り返した。それを終えるとランニングシューズを履き、外に出た。

 数キロ走った。小さな寺院があった。そこの坂道を登ろうとしたとき、一人の男が待ち構えていた。

「こんにちは。菅野悠人さん。」

「誰だお前は。」

「柳川栄一です。」

「猛毒、柳川か...」

「へー。明神活殺流の党首に知ってもらってるなんて光栄だな。」

「殺気が漏れ出てるぞ。」

 柳川は構えを取った。

 菅野も構えた。

 柳川が先に仕掛けた。右ストレート。

 菅野は、左わき腹をけった。柳川はその足を掴んだ。すると、菅野は、逆足をすべられ後頭部を打った。

 柳川は、指をひっつけ、手の平を少し曲げていた。

 それを口にもっていこうとしたが、足で顔面をけり、腕の拘束を解いて、距離を取った。

 柳川はマンホールに手を置いた。すると、ぼこッという音がし、マンホールを引っ張り出した。

 そして、それを円盤のようにして投げた。

 菅野は頭身を低くして躱した。その間に柳川は間合いを詰め、顔面に膝蹴りを行った。

 右

 左

 と顔面にパンチを入れた。菅野はダウンした。

「あなたたち。何をしているんですか。」

 寺の本堂から声がかかった。

 でかい男であった。まるで大仏がそのまま魂を宿して動いているようだった。

 袈裟を着ていたが、生地が全く余っていなかった。頭は坊主にしており、銀縁メガネをかけていた。

「これは、これはお坊さん。大変お騒がせいたしました。」顔に手を持っていこうとしたが、その寸前で止められた。

 腕を掴んだのであった。極太の腕だった。肌は黒かった。そして、そのまま、柳川は一回転し、仰向けに倒れた。

「お坊さん。ただモノじゃないですね。」

「色々たしなんでいましてねえ。」

「何で、攻撃を仕掛けてくるとわかった。」

「気の起こりを読んだのですよ。」

「なるほど。」柳川は腕をだらんとさせた。脱力であった。

 そして、腕を鞭のようにしならせ、それをはなった。

 坊さんはそれを躱していった。そして、顔面を蹴り上げた。服の構造上それはできないと思っていたが、下駄の底が、柳川の顔面にヒットした。

 それでも倒れない柳川に、肘打ちを腹に食い込ませて失神させた。

 お坊さんは菅野を抱えて、寺へと向かっていった。

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虎の子は山へ放せ パンチ太郎 @panchitaro

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