ふたりぼっちの反逆
やがて、青年は重たい口をゆっくりと開いた。
「子どもたちを救い出す。どうか、手を貸してくれないか」
「当たり前でしょう」
貝の火が鮮やかに瞬く。ルチアがそっと視線を向けると、真夜中を閉じ込めた双眸が静かにこちらを向いていた。
「オークションは聖夜祭当日の日暮れより、地底街全体を会場に仕立て上げて行われる」
「ええ、それで?」
「ここはアギリアで唯一、他の居住区との連絡口を完全に閉ざしてしまえる場所だ。一度全ての扉を閉め切ってしまえば、外部からは決して干渉できなくなる」
「薄暗いことをするのには最高の地形ね。でも、住人はどうなるの?」
「彼らは当日、事が終わるまで外に出される予定だ」
「そう……」
つまりその間、彼は敵だらけの状況で地底街に閉じ込められるのか。
ルチアの胸中を一抹の不安がよぎる。しかし彼女の内心を悟ることなく、彼は何処か必死な様子で続けた。
「囚われた祝福の子たちの居場所は未だに割れていない。くまなく探したが、恐らくアギリアにはいないんだろう」
「あなたには知らされなかったの?」
「この件に関して、俺は徹底的に外されているんだよ。襲撃の後始末には多少関わったが、子供たちを護送している様子はなかった」
「数十人規模の子どもたちを隠すなら、それなりの広さと管理体制が必要だもの。あなたか、あなたを支持する住人に見つかったら厄介だと思ったんでしょう。余程警戒されているのね」
ルチアは静かに思考を巡らせる。小さな頭蓋骨に封じ込まれた脳がグルグルと熱を帯びて回り始め、やがて彼女は慎重に口を開いた。
「子供たちは地上にいる。大人数を大きく移動させた形跡もない。なら……可能性は一つかもしれないわ」
「見当がつくのか?なら早く教えてくれ!もう間がない!」
「ええ、もちろん。でも、折角だからこのチャンスを利用するのはどう?」
燻る貝の火に仄暗い火花を灯して、ルチアはニヤリと笑った。そしてさっと立ち上がり、階段をするりと駆け下りて青年の傍らに堂々と立つ。亜麻色の髪が軽やかに翻った。
「ただ救出するだけなら難しくないわ。でも、その後は?まさか、大人しく殺されてやるつもりだなんて言わないわよね?」
「何が言いたいんだ?」
「耳を貸してちょうだい」
青年は一瞬言葉を飲み込んだ。すぐに毅然とした態度を取り繕ったものの、鋭利な青紫の奥には戸惑いと動揺がありありと浮かんでいる。
「……正気か?」
「当たり前じゃない」
「冗談じゃない。きみを危険に巻き込むことになる」
「上等だわ」
「もう後戻りはできなくなるんだ。それでもいいのか?」
「あなた一人を暗い方に放り込むよりずっとマシよ」
ルチアは凄絶に笑った。燃え盛る炎を瞳に宿した少女は、夜天に煌めく赤い星のように強く迸るような眼差しを青年に注ぐ。
「これは千載一遇のチャンスよ。あなただって分かっているでしょう?」
「だが……」
「強要はしないわ。だって背負うのはあなただもの。決めるのだってあなたよ。でも、これだけは覚えておいて」
迷いが抜けないままの紺紫をまっすぐに見つめながら、ルチアは絶対的な何かに誓うように己の左胸に掌を押し付けた。
「私はもう迷わない。あなたがどんな道を選ぼうが一緒に行くわ。だから、あなたも自分の心に従って。ここから先は、あなたが切り拓く道なんだから」
青年は一度、信じられないとでも言いたげにパチリと瞬きをした。そして、ジワジワと理解したように呆けた顔でルチアを見上げる。吸い込まれそうな夜色の瞳は、虚ろなようにも、底なし沼のような心を仕舞い込んでいるようにも見える。それがどちらも彼なのだと知った今、ルチアは彼を見つめずにはいられなかった。
やがて、足音よりも小さな囁きがポツリと零れた。
「……あの方の初恋がきみで、本当によかった」
人形のような右手に、骨張った大きな左手がそっと重なった。淡雪のように柔く触れられた指先は、やっぱり酷く震えている。でもきっと、それはお互い様なんだろう。
ちっとも平気なんかじゃない。きっと二人はこれからいつまでもボロボロで、傷だらけで、擦り切れたままだろう。それでも、もうカラッポではないから。
もう、ひとりじゃないのだから。
「覚悟は決めた。俺はもう惑わない。この手で全て掴み取ってみせる」
真夜中の瞳の奥で、星屑の大サソリが鮮烈に瞬き始めた。
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星降る街のパトリオット 綺月 遥 @Harukatukiyo24
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