残暑のスイカ
佐々井 サイジ
第1話
キャミソールが肌に張り付いて気持ち悪い。自転車を漕いで風には当たっているものの、
その風は大量に湿気が含まれていて、涼むどころか、余計に汗をかくように促していた。信号を渡り、銀座通りという名にそぐわないシャッター街を左折すると、一気に暗くなる。明かりが街灯だけになり、しかもシャッター街の間に唐突に竹藪があるのでこの辺りはいつも暗い。自転車のライトがついていないと、向かいから人が来ても直前まで気づかないだろう。その暗い道も抜けると、舗装されたアスファルトの道に出る。ここまでくればもう家まで目の前だった。
向かいから女が歩いてきている。大きな黒い袋を提げているようだった。重たいのかどこか足取りがおぼつかない。目を凝らしてみると隣の坂田だった。子どもの保育園が同じで、登園するときにほぼ毎日顔を合わせる。しかし仕事終わりの夜に会うのは珍しかった。
「坂田さん」
呼びかけると袋を持っていない方の手で振り返してきた。
「どうしたのこんな遅くに」
「実家からスイカもらっちゃって、知り合いのところに持っていくの」
「へえ、スイカ」
八月はもう終ろうとしているが、まだまだ暑さは続きそうで、冷やしたスイカを食べたらおいしいだろうなと私は夢想した。
「欲しかったなあ」
「ごめんね、もう上げる約束しちゃったから」
「そうだよね、冗談」
坂田が向か応答している道は車が通れない裏道だった。丸々一玉を袋に入れて運ぶのは大変だろう。
「もしよかったらこのかごに積んでいく? 重いでしょさすがに」
「いやいいよさすがに」
坂田はやは過剰ともいえるほど断った。私も言いだしたものの、夜遅くなっており、子どもや主人を待たせていたので、断ってくれてよかったと思った。
坂田の持つ袋からはポタポタと水滴が落ちているように見えた。
「大丈夫? なんか漏れてない?」
「本当だ。急がないと」
私たちは手を振って別れた。ペダルを強く踏むと、ガチャンと音が鳴り、動かなくなった。以前にも一度同じ状態になった。継続的に同じ変速ギアにしていると、故障しやすくなると自転車屋に言われていたが、また同じ失敗をしてしまった。
スマートフォンのライトをつけて自転車の歯車を確認してみるが、やはり業者でないとわからない。
背後にボトリと音がした。音の方を向くと、坂田が何か拾おうとしている。スイカの重みに耐えられず、袋の底が破れてしまったのだろうか。
「大丈夫?」
私はスマートフォンのライトを坂田に向けた。落ちているものはスイカのような球体ではなかった。私は声を失った。坂田の主人が頭部だけになって横向いている。
「この人が悪いんだって。不倫なんかするから」
坂田は主人の頭部を持ち上げたまま暗い道に消えていった。
残暑のスイカ 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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