同じ月を見てる

白雪花房

夢を追い求める青年と、故郷に残る少女

 月明かりの下、涼やかな湖畔を歩く。

 二人で手を繋ぎ、影が寄り添っていた。肌に触れると、しっとりとした甘い香りがただよう。きっと柔軟剤の香りだ。


「この夏休み、絶対に忘れられない」

 誓ってもいいと、彼女はつむぐ。

「映画の内容、まだ覚えてる? 次に観るときはあなたと一緒がいいな」

「あと、祭りも。来年も一緒に行けるといいな」

 言葉を重ね、思いを弾ませる度に、当時の情景が鮮やかに蘇ってきた。

 映画館で見た作品は、壮大なラブストーリー。エンディングでは熱い涙がこみ上げてきたのを覚えている。

 夏祭りではいくつかの屋台を巡った。

 ラストには打ち上げ花火。鮮やかな光を浴びた少女は、夜の景色に映えて、惹きつけられた。カラフルな浴衣も相まって、まるで一枚の絵のよう。今日という日は彼女のためにあったのだ。



 不意にぬるい風が吹き抜ける。

 澄んだ闇の中で二人の鼓動だけが聞こえる。静かな空気に張り詰める中、ついに青年が切り出した。


「俺、行くよ」

 全てはおのれの夢のため。

「画家を目指すんだ」

 頑なな決意を込めた言葉を、少女は黙って受け止める。


「あたしはこの町の伝統を守りたい。だから、ここに残る」

 彼女は目をそらさずに、ハッキリと言い切る。

 二対の瞳は宝石のように澄み切り、硬質な光を放っていた。


 両者の視線は交錯する。

 風に花びらが舞い散り、頭上では雲が垂れ込み、月を隠す。二人の影は夜にさらわれたかのように、見えなくなった。


 春が来た。

 舞い散る桜を見送りながら、電車に乗り込む。マフラーをつけた少女が手を振り見送るのを眺めながら、彼は席に着く。

 車窓から遠ざかっていく景色を見つめた。

 電車は止まらない。田舎の町並みはすでに遠く、あたりはすでに灰色だった。上のほうには煤けた空が広がる。

 目的の街に近づいたころには、夜の帳は降りていた。空は狭く、排気ガスの臭いが鼻につく。

 真っ黒な空に浮かんだ月だけは、故郷と同じ。ほのかに黄色みを帯びた銀色だった。


 満たされない思いを抱えながら、遠方にいる彼女を思う。

 どうか、彼女も同じ景色を見ていることを願って。

 祈るように目を閉じ、胸に手を当てる。

 そのとき、急にほのかな光が感じた。クリアな月が地上を照らしている。青年ははっと息を呑み、目を見開いた。

 口元を緩め、さみしげに笑う。

 透き通った輝きは彼の未来を照らしているようだった。

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