第9話 前兆

 パネトーネ冒険者ギルド支部三階、作戦会議室。

 緊急時にしか開かれぬ部屋と聞いて、心踊らない者はいないだろう。だがどうだ、実情としては普段使われる事のない小さな部屋というだけだ。

 積まれた本、手入れされていない観葉植物、机の上に広げられた大陸地図。


 そして今、この部屋には7人の猛者が所狭しと詰め込まれている。

 その中の6人は実践経験に優れ、高いレベルを持ち、そして本来であれば一人で異世界を無双出来るであろう無法チートを授かった転生者だ。

 そう、俺を除いて。


 ただ一回まぐれで竜殺しを成し遂げてレベルが上がってしまっただけで、戦闘していたのはこちらに来て一日だけ。

 後は一ヶ月ずっと荷運びをしては資料を読み、飯を食って眠りについていただけで、こうして集められたところで戦力になるとはとても思えないのだ。


「集まったのは7人……新顔も居るッスけど、役に立つんスか?ほらそこのキミ、キミに言ってんスよ寝癖野郎」


 そんな猛者6人の内の1人、黒いシンプルなシャツを着た金髪の男がお手本の様に突っかかってくる。だが悲しいかな、俺が役に立つと一番思っていないのは俺自身だ。

 考えてもみてほしい。

 俺に出来るのは竜の翼から引っこ抜いたやけに強い鉄の剣を振り回すだけであり、派手なスキルだの魔術だのには一切の縁がない。

 スキルの効果も正確に理解はしていないし、許されるのならば今すぐ帰りたい!


 が、残念ながら緊急依頼への参加は強制。

 逃げ出しては戦闘以上に面倒な事に巻き込まれると目に見えている。


「……俺は手違いでレベルが上がってしまったから呼ばれただけだ。多分役には立たないから、作戦に俺の事は組み込まないでくれ」

「素直っスね〜。ま、オレも他の5人よか弱いんで大丈夫っスよ。大丈夫大丈夫、ここに新入りへ絡むチンピラは居ねえっスから気楽に行きましょ!」

「そうみたいだな。てっきり突っかかられたかと思って身構えた、すまん。俺は三上砂翔、まだ死にたてホヤホヤの大学生だ。こっちに来たのは一ヶ月前」

「へえ……え、一ヶ月でレベル30越え?凄えじゃねえっスか!オレは津田沼つだぬま郎火ろうか、スキルは『点火』。ふふ、弱そうっスよね?」

 

 郎火はぽりぽりと頭を掻きながら、子供の様に笑みを浮かべる。

 なんか、チンピラだと思ってしまって申し訳なくなるな。


 それに続く形で、他の5人も自己紹介を始めた。各々の持つスキルはダイヤモンドよりも硬い糸を音速より早く飛ばせるとか、あらゆるものを自由に転移させるとか、なんとも驚く程に何でもありだ。

 それに対し俺はと言うと、死にかけたらちょっと強くなりますとしか説明できず、一人で勝手に気まずくなるのであった。


「––––––––偵察班による偵察結果が来たわよー……緊急依頼の内容確認やるから、てめえら全員ちゃんと目は覚ましときなさいよー……」

「はいはい、姐御は酔いを覚ますべきっスよ」

「それはしょーがないでしょー?仕方ない事なんだからさー」


 姐御と呼ばれた女性が口を開く。確か、名前は守野もりの余光よこう

 ボブカットの金髪と碧眼、質素な修道服、清楚なオーラを全て掻き消す酒臭さ。

 スキルは『聖女』と言っていたが、全くスキルの内容が想像出来ないし、悪い冗談である可能性が否定できない。

 だが、この場に居て尚且つ場を一応は仕切っている時点で実力者に違いはない。


「でー、作戦地域はパネトーネ近隣の森全域。敵は赤竜の複製死霊、約30体。どっかの転生者か死霊術師の仕業でしょーね、そりゃ赤竜本体よりは弱いけど、こいつらが街へ近付いたらまず面倒な事になる。だからー、先手を打ってボコろうって事よ」


 話によると、何者かによって殺された赤竜の死体が死霊術によって蘇り、しかも原理は不明だが増えたらしい。

 で、その増えた赤竜は現在森の上空を旋回中、と。

 赤竜を殺した何者かの正体には大変よく心当たりがあるが、話が拗れそうなので言う訳にはいかないだろう。

 

 作戦はこうだ。

 スキル『転移』で我々7人が森へ転移し、飛んでる竜を片っ端から殺す。

 

 それは!作戦とは!言わんだろ!

 ……と意を唱えても意味はなかった。

 これだから個人の武力に頼り切った転生者は、全員が全員脚力だけで空を飛べると思っているのか。無理だろ。試した事はないが。


「では、僭越ながらスキルを使わせて頂きますねえ。さーん、にーい、いーち……」


 白い長髪の男がカウントダウンを始める。残念ながら逃げられそうにない。


「ぜーろ。『転移』!」


 男が勢いよく右手を振り上げる。同時に視界が光に包まれ、まるで脳みそが超高速で振られ続けているようなとんでもない気持ち悪さと、それに伴う吐き気が絶え間なく襲ってくる。

 あかん、これ、あかんやつだ。

 吐く。

 戦闘とか赤竜とかそれ以前の所でリアイアするぞこれ––––––––!


「うぁ、あ、ああ……あー……ああ。最悪、だ……」


 込み上げてくるものを何とか抑える。

 一切無事ではないが、無事森に転移できたらしい。

 正確には、さて。かつて森だった焼け野原、とでも言うべきだろうか。


 目に見えるのは燃え盛り、灰となりゆく木々。

 あちらこちらで火の手が上がり、空を見上げれば赤色と灰色の混じった竜が飛び回っている。地獄とは正にこういう場所の事を言うのだろう。

 それと、どうでもいい話ではあるが。火に囲まれている状態でダッフルコートを着るのはかなりの拷問だ。


「……しかし、どうしたものか。駄目だ駄目だ、どうにも気分が上がらない。あのスキルに思考を補正される感覚もなし。ま、仕事してるフリくらいはやらんとな」


 足に力を込める。空を飛ぶ竜を見据える。

 ただ、跳ぶ。それが想像以上の成果を生み出すとは知らずに。

 上昇する。上昇する。上昇する。

 丁度、竜のすぐ側まで。


 こんな事になるとは思っていなかったが、咄嗟に『アイテムボックス』から剣を取り出し、気合いでよじ登る。当然暴れる竜の体から振り下ろされない様にしがみ付き、ただただがむしゃらに切れる箇所を斬りながら首へ近付き––––––––


 断つ。


 すると、ただただ呆気なく、竜は灰となって消えてしまった。

 俺が強くなった、訳ではなさそうだ。例えるのならこの竜は剥製、それどころか灰を竜の形に成形し、かろうじて空を飛ぶ機能を付与した程度のものに思える。

 これでは脅威になり得ない。生まれながらに高い身体能力とを持ち得る現地人、強力無比なスキルを付与された転生者、そのどちらでも優に対処できる。


 そもそもの話。


「……『鑑定』」


 他の竜に『鑑定』を使用する。


:––––––––––––––––––––––––––––––––:

名称:赤竜型灰人形27

種族:魔導生物

レベル:0

:––––––––––––––––––––––––––––––––:


 偵察班による偵察、それが予め行われていたのだろう?

 ならば気が付いた筈だ。こんなものに緊急で冒険者を割く必要性はないと。

 どうにもおかしい。何かがおかしい。

 こけおどしにしかならない竜を生み出し冒険者を森に集めるなんて、誰が何の為に計画したんだ。ああクソ、俺は名探偵じゃない、おかしいと思っても何一つ答えに辿り着けない!


 俺じゃどうにもならない陰謀に巻き込まれてるのではないか、なんて不安と直感だけがただ肥大化していく。

 

 


 

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滅ぶべくして滅んだ無秩序インフレ異世界に放り出されても困るんだよ! 不明夜 @fumeiyo

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