第8話 平々凡々と

 冒険者ギルド加入の手続きとやらは、至って簡単なものだった。

 書かされた書類も精々は名前、享年、そして死亡した日付を書くだけのもので、これから身分を入手するのだから当然身分証の提示を求められる事もなく、10分と経たない内に俺はギルドカードを取得することが出来た。


 そう、ギルドカード。カードと名前に付いているのだから、それこそ免許証や保険証の様なものだと思っていたが、思いの外多機能かつ厚みがある。

 ごくごく少量の魔力だけで動き、通話や仕事探し、ギルドカード決済まで可能なのだという。


「これ、所謂スマートフォン、略してスマホなんじゃ」

「昔はギルド内に依頼を貼ったりしてたんだけどね……それじゃ、仕事を受ける為に毎回ギルドへ足を運ぶ必要があるし、緊急性の高い依頼を全員に通達するのも大変だろう?ギルド職員を引き受ける冒険者も少ないし、仕方ないよ」

「異世界にもデジタル化の波が来てるのか……しかし、こんな物を作れるだけの技術力があるとは。現代知識チートってやつか」

「技術力に関しては、トゥモロー・スローライフ・カンパニーCEO一人の力だけどね。スキル『クラフト』は保有者こそ多いけど、使いこなせているのは彼だけだ」


 三つの巨大勢力の内一つ、トゥモロー・スローライフ・カンパニー。

 こんな所でも名前を聞くことになるとは、やはりこちらで暮らす以上避けては通れないのか。

 にしても、『クラフト』か。俺が最初に取得しようとして最速でやめたスキルだが、スマ……ギルドカードの様な機械も作れるんだな。

 

「色々とありがとうございました。それじゃ、俺はこれで」

「行ってらっしゃい、元気でな。何かあったらおじさんに頼るといい。これでもベテランの冒険者で、受付のおじさんなんだ。人生相談や恋愛相談から魔術の指南まで、何だって受け付けよう。受付だけになっ!」


 そう言って、おじさんは勢いよくウィンクする。少しだけ『テンション』が暴発しているんじゃないだろうか。

 それにしても魔術、魔術か。

 聞くかぎりスキルとは違うみたいだが、どんなモノかがいまいち不明だ。

 久先輩はスキルで『影魔法』とやらを使っていたが、また別なのか?


 経験、知識、力、覚悟。

 現状何一つ足りないが、全くどうすりゃいいのやら。


 とりあえず、ギルドカードから依頼を見る。

 条件から絞り込みができるらしく、地域から選んだり、依頼の種類から選んだり、また依頼日数なんかでの絞り込みも可能ならしい。

 バイト募集のサイトだこれ。

 

 基本的に魔物討伐の依頼や危険区域の探索はレベルによって受けられる依頼が決まっているらしく、33レベルで受けられるのは半分くらいか。

 ギルドカードに記録された個人情報と紐付けられている以上、レベルの詐称も不可能。理に適ってはいるが、まさか転生しても血眼になって好条件の依頼バイトを探す羽目になるとは。


 ギルドを出て、併設された駐車場へ向かう。久先輩の車以外にも何台か駐車してあったが、そのどれもが現代のものとは程遠く、どれも戦前の車をモチーフに作られている様だ。

 こちらの世界における当然の技術発展により車が生み出されている可能性も否定は出来ないが、転生者が既存の車をモチーフに作ったと考える方が妥当だろう。

 ならばどこかレトロなのは、異世界の景観を保つ為の些細な抵抗か?


「……ん。ああ、良かった。その手に持っている物を見るに、無事手続きは終わったみたいですね。乗って。とりあえず、当面の宿は貸せるから」


 促されるまま車に乗る。


 さて。

 当面の宿は貸せるという言葉に嘘偽りはなく、久先輩とリーベさんがこの街に滞在する約一ヶ月もの間、驚くべき事に住宅街にある家の一部屋を無償で借りる事が出来たのだ。

 おんぶにだっこが継続中なのは些か申し訳ないが、しかし貸してくれると言うのだから、うん。善意を拒否するのもかえって角が立つものだ。


 一応この家は久先輩とリーベさんも利用しているらしいが、結局二人ともほぼほぼ外出しているので、一ヶ月の間に顔を合わせたのはたったの数回だ。久先輩に至っては、まだ真っ当に言葉を交わせていない。

 一方その頃俺が何をしていたかと言えば、気が向いた時に荷運びの依頼をこなして食費を稼ぎつつ、空いた時間で冒険者ギルドの資料貸し出しを利用して歴史や魔術についての見識を深めていた。


 転生者ってのはどこであっても需要が高く、特に『アイテムボックス』の存在により大型の輸送用車両がなくとも大量の荷物を運べるため、案外儲かるのだ。

 元々前世で運転免許を取っていたのもあり、こちらでも一日の講習だけで免許は取得できた。

 レンタカー代に稼ぎを持っていかれるのは少々厳しいが、致し方ない。


 そんなこんなで、平々凡々とした異世界での暮らしは続いていた。

 貯金も少しずつ溜まり、独り立ちも出来そうになってきた頃。

 何ともまあ一ヶ月とは早いもので、既に二人の出立は明日に迫っていたのだった。


 結局、最後まで俺のやる事は変わらなかった。

 朝起きる。顔を洗う。鏡を見て、ため息を吐く。寝癖を治そうと無駄に足掻く。

 今日の朝食に何を食べようか考えながら、玄関に向かう。

 当然というか何というか、現代日本で食べられる料理は大抵存在していて、しかもファストフード店の概念まで持ち込まれてしまっているのだから、俺の言う「何を食べようか」にはハンバーガーか牛丼かくらいのバリエーションしかない。

 異世界とは。 


 最後まで俺のやる事、俺の思考は変わらなかったが、しかし起こる出来事は日によって違うものだ。

 俺が玄関の扉に手を伸ばし始めたその時、先んじて扉が開かれる。

 家主の、帰還である。


「良かった、なんとか間に合ったみたいだ。砂翔君に伝えなくてはならない事があってね。これまで顔を出せなくて悪かった、仕事が立て込んでいてね」

「そんな、謝られる事は何も。俺の方こそ、久先輩とリーべさんには頼りきりで何も出来なかったし、家だって貸してもらって……この恩は、絶対に返します」

「別に良いよ、結局は僕の自己満足だったからね。20年ぶりに先輩らしい事がしたかっただけなんだ。それで––––––––」


 そう言ったきり、久先輩は黙ってしまった。

 目の下の隈が酷く濃いのを見るに、ここ数日は寝れていないのだろう。

 久先輩とリーべさんがここ一ヶ月何をしていたのか、俺は知らない。前リーベさんにそれとなく聞いてみたが面白いくらい言葉を濁されてしまったし、詮索しない方が吉だと思ったのだ。

 

 10秒。20秒。30秒は経たないくらいに、久先輩は口を開いた。


「……この家は、この先も自由に使ってくれ。それだけだ、時間を取らせて悪かったね。リーベへの伝言があれば伝えておくよ。あれでも、砂翔君の事は嫌っていなかったみたいだからね」

「ありがとう、ございます。伝言……そうだ、コートありがとうございます、結局お代払えなくてすみません、と。本当、お世話になりました」

「そうか、伝えておくよ。じゃあね砂翔君、生きていればまた会おう」


 くるりと俺に背中を向け、久先輩は手を振りながら去っていってしまった。

 何かもっと、言うべき事があったような。 

 しかし、感傷に浸る間は貰えなかった。

 ギルドカードのけたたましい通知音が、俺を現実に引き戻す。


 それは、俺にとって初めての緊急依頼。一定以上のレベルを持つ冒険者は原則として参加しなければならない、ギルドが唯一強制力を持てる命令。

 

 意味する所は一つ。

 この街に、重大な危機が迫っている。

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