第7話 夕景、ギルド、テンション

 エンジン音が響く。リーベさんは口を開かず、俺も何か気の利いた話題を出せるだけのコミュニケーションスキルは持っていない為、結果として沈黙の続く地獄のドライブがここに誕生した。しかもこの地獄、既に30分は続いている。

 こんな事なら、スキル『コミュニケーション』でも貰っておくべきだった。話術チートがデフォルトで備わっている人間の存在が恨めしい。


 しかしまあ、本当に気まずいのはリーベさんの方だろう。

 後部座席に座っているのは、一応は父の友人らしい、自身と歳の近い半裸の男性。

 同じ空間に居るだけで嫌だろうに、黙って運転してくれているだけ本当にありがたいものだ。


 リーベさんは黙って路肩に車を停め、少し待っていてとだけ言い残して建物の中に消えていった。置かれた看板を見るに、店なのだろうか。

 パッと見ただの住宅と見間違える様な、隠れ家的店。一体何の用があるのかは分からないが、それを問う権利なんてないだろう。


 現実逃避気味に空を見ると、見事なまでに赤く染まっていた。

 夕景の美しさはどこでも変わらない、なんて。こちらに来なければ考える事はなかっただろうし、死んでしまっても悪い事だけが待ってる訳じゃないだなと。

 ……などという思考こそが真の現実逃避である。現実を見ろ。

 

 お前は半裸で血まみれ!一人では何も成せず、年下の女性におんぶにだっこ!

 何かしらをやらかしたらしいが、そのやらかしの原因は自分じゃ分からない。そもそも何をやらかしたのかさえ分からないし、他者に聞く事も出来なかった!

 何が『主人公補正』だ馬鹿げてる。

 スキルの効果で強くなっても、それは俺の力じゃないだろう。


 主人公足り得る力と精神。そのどちらもスキルに依るものなのだとしたら。

 嗚呼、一体、俺という人間に何の価値があろうか––––––––


「––––––––さん。砂翔さん。良かった、ようやく気付きましたか。こちら、とりあえず着てください。趣味に合うかは分かりませんが、少なくともサイズは大丈夫な筈です。ブランケットに包まったまま冒険者ギルドに行く訳にもいかないでしょう」

「え、ああ……ありがとう。すまない、お代は必ず後で払う」

「代金は父上持ちですよ。何をしても揉み消してくれるそうですから、ね?」


 ほんの少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、リーべさんは運転席へと戻った。

 渡された大きな紙袋に入っていたのは、白いワイシャツと濃い藍色のダッフルコート。うん、現代でもよく見た品だ。

 異世界って、何なんだろうな。

 狭い室内で何とか着替え、またぼんやりと夕日を眺める。


 それから車で走ること、更に30分。

 気の利いた話題こそ出せなかったが、久先輩の話題を中心に何とか話を続ける事が出来た。異性と一対一で話す事自体よくよく思い出せば高校以来で、その高校時代の思い出も結局は担任との面談でしかなかったのだから、俺にしては今回よく頑張ったという他ない。

 

 それと同時に、久先輩は既に結婚して娘も育っているという事実が恐ろしくも重くのしかかってくる。やれ彼女が出来ただの、そんでもってすぐ別れただのって話を聞いている時のうっすらとした敗北感と疎外感、あれを数十倍に濃縮してしまったかの様だ。

 俺が死んでいなかったら、将来的に友人の結婚報告の度に同じ気持ちを味わっていたのだろうか。


 まあ、そんな事はどうでもよくて。

 無事に冒険者ギルドへと辿り着いた、いや、送り届けてもらったのだった。


 赤煉瓦を主な建材として作られたギルドの建物は、思いの外豪華だった。

 明治のあたりに海外の影響を受けて建てられた建物、それこそ東京駅なんかが近いだろうか。

 

 車を降り、巨大な両開きの扉を押す。


 中は案外人が少なく、ちょっとした椅子と机が置いてあったりはするものの、基本的にはただ受付のカウンターが複数並んでいるだけだった。

 酒場があり、荒くれとほぼニアリーイコールな冒険者が飲んだくれ、掲示板に依頼書が貼ってある様なものを想像していた者としては、些か残念だ。

 雰囲気としては、役所によく似ている様な気がする。


「それで……俺は、どうしたら。受付の人に話せばいいのか?」

「そうですね。転生者である旨を伝えたら、後は向こうの指示通りにするだけですぐ終わりますよ。今後気を付けるべきは、ギルドカードの紛失だけです」

「分かった、行ってくる」


 ゆっくりと、受付へ向けて歩き出す。

 一歩、また一歩と進む度に心臓がうるさく鳴る。前にこうした役所へ来たのはいつだったか。どうにも、公的機関に対する苦手意識は抜けない。

 特に悪い思い出がある訳ではないし、何なら丁寧に対応してもらった記憶しかないのだが、それでも不思議と苦手意識があるのだ。


 大丈夫だ。こういう所の職員はプロだろうし、変な事にはならないだろう。


「ヘイボーイ!転生者か?転生者だろう?おじさんも昔はそうだった!だが時の流れは残酷さ、今となってはすっかりこっちに馴染んじまった!初恋の人の事なんて忘れ、今じゃ名前もタロウ・バルテンさ!」


 受付カウンターに立った恰幅の良いおじさんは、やってきた俺を見るなりとんでもないハイテンションで捲し立ててきた。

 

 こういう所の職員はプロなのだから、変な事にはならない筈なのだが、変な人が職員である場合に於いてはそんな常識一銭の価値もない。

 帰りたい。帰る家はないが。


「フンッ!」


 突如、おじさんは自分の手に拳を叩き付ける。

 訳が分からなかった。

 行動の意味も不明だが、何より叩きつけた瞬間に大気が揺れたのも怖い。

 

 そして何事もなかったかの様に、おじさんは話し始める。


「さて、転生者という事だけど、まず君のステータスとスキルを『鑑定』して確認させて貰うね。その上で最低限の個人情報を書類に書かないとだけど、本当に必要最低限だから安心して。あと、これらの個人情報はギルドが永久に––––––––」

「待て。待て待て待て何だったんだ最初のは。必要な行為なのか?アスリートが競技前に同じルーティーンをこなすとか、そういうアレなのか?」

「違う違う、ただ少しスキルが制御できなくてね……おじさんの持つスキルは『テンション』、その名の通りテンションが高いと強くなるけど、攻撃すると高まったテンションも消えるんだ。おじさんはね、笑えるスキルが欲しかっただけなのに……」


 そう語るおじさんの姿は、哀しげだった。

 俺の『主人公補正』が主人公らしい行動を強制するように、おじさんの『テンション』もハイテンションを強制してしまうのだろう。

 

「おじさんの話はいいんだよ。もう、幸せは掴んだんだ。一応他者へ無許可で『鑑定』する行為は犯罪だから聞いておくけど……大丈夫だよね?」

「ああ、勿論です。お願いします」

「じゃ……『鑑定』」


 スキルを使用すると同時に、おじさんはその場で硬直する。

 なお、他者からは『鑑定』やステータスオープンの結果は見えないらしい。俺の目に映っているのは、俺のステータスを見ているだろうおじさんの姿だけだ。


「……レベル33になるまで、ギルドに来れなかったとは。それに、まさか『主人公補正』のスキルを持った人がまた現れるとはね……若いのに、大変だろう」

「ど、どうも……『主人公補正』のスキルを持った人って、他にも居たのか」

「おじさんも資料を読んだだけだけどね。記録されているスキルの効果は、主人公らしい行動を取りたくなる精神汚染と、瀕死時限定のステータスアップ。それと、特記事項として––––––––」


 おじさんは一瞬言い淀み、そして俺の目を真っ直ぐ見つめて口を開く。


「過去のスキル保有者10名、その全員が死亡している」


 

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