第6話 また何かやらかしましたか
案外、長いこと眠っていたらしい。
既に日は傾いており、あと一時間もすれば綺麗な夕暮れが拝めるだろう。
交通事故で死んだ数時間後に、異世界でレトロな車に乗って眠りこけるとは、我ながらどうかと思う。何が、と言われて説明できる訳ではないが、いやはやどうしてこうなった。
さて。
リーべさんに起こされたのはいいのだが、ここは一体何処なのだろうか。
流石に半裸は怪しまれるとの事で、ブランケットから出る事は許されなかった。どちらにせよ、不審者である事に変わりはない。
車の窓から辺りを見回す。
道路を遮る様に作られた門と石煉瓦の壁、側には衛兵と思われる軽鎧を身に纏った人間が複数名。いつの間にか車内から消えていた久先輩は、件の衛兵と思われる人間達と何やら話している。
門の先に見えるのは、市街地か。中世ファンタジー的な趣は当然あるものの、車道としてアスファルトが使われているだけで近代的に見えてしまう。
それこそ、イギリスなんかが近いんじゃないか?
何にしても俺は日本から出た事がないし、ファンタジーへの造詣も浅い。
分かるのは、精々ここが異世界であるという点だけだ。
「リーベさん、ここは?街に入る為の検問所とかなのか」
「正にその通りです。ここはヒエムス王国領東部の街パネトーネ、主に貿易の為の中継地点として発展した街……だそうです。何日か滞在しましたが、良い所ですよ」
「なるほど了解。ちなみに、この後俺はどうすりゃいい?久先輩とリーベさんしか頼れる人はいないし、まだまだ迷惑掛けるだろうが、全部終わったら何か恩返しさせてくれ。ほら、手伝える事なら何だって手伝うからさ」
「……はい。砂翔さんが手伝ってくれるなら、父上もきっと喜ぶでしょう」
背もたれに体重を預け直す。異様なまでに上昇した回復力と十分な睡眠により体の疲れは無くなったが、精神的な疲労に関しては未だ健在だ。
それどころか、ゆっくりと現実を見る余裕が生まれる度に、嫌な思考ばかり増えてしまう。
既に自分は死んでいて、地球に戻る事は出来なくて。
頼れるのは俺が知らない間に20年を過ごした久先輩と、その娘であるまだ人となりを知らないリーベさんだけ。
訳の分からない組織は乱立してるし、変に強い転生者が野盗となって襲ってくるし、あの強さの人間であっても全てを奪われる可能性がある、と。
「砂翔さんには、転生者保護法に則ってこれから冒険者ギルドに行き、ギルドカードを受け取ってもらいます。ですが、これは冒険者となる事を強制するものではありませんから、安心してください」
冒険者ギルド。転生者が身分を得る為に、所属しなけらばならない機関。
しかし、ギルドは決して転生者を庇護しない。個人間、勢力間の争いには介入できない。この世界で後ろ盾が欲しければ、何処かの勢力に所属して争いに身を投じる必要性がある。
どうすればいいんだろうな、俺は。
衛兵との話は付いた様だ。
久先輩は運転席に戻り、門が開き次第無言で車を走らせる。
そういえば、高校時代に喧嘩した事があったか。俺が悩んでいる時にいちいちずっと口を出すなって。
あの時も、心のどこかでは完璧な答えを求めていた様な気がする。
「心配ですか?自分に何が出来るか分からない。世界がどうなっているのかも分からない。急に夜の海に放り出されて溺れるような感覚は、私も知っています」
「そうだな……ああ、不安だ。呆気なく死んで、日常が消えて、初っ端から竜と戦う羽目になって。俺は逃げたかったのに、スキルのせいで逃げられなくて……あの思考が塗り潰されていく感覚、思い出すだけで寒気がする」
「え?」
「ちょっと待った砂翔君、今なんと?」
「ん?」
何か、失言でもしてしまっただろうか。死とか日常とか、その辺のワードが地雷だった?
いいや、久先輩がそれで怒るとは考えづらい。
やはり思考にまで干渉してくるスキルは希少なのだろうか。自称神への怒りがまたふつふつと湧き上がる。
「ん、じゃないですよ。竜って言いました?言いましたよね?」
「ああ、うん。最初に落っことされた場所が竜の頭の上でな。スキルのせいで戦う羽目になったし、スキルのお陰で何とか勝てた。全身の骨は折れるし、大火傷だって負うし、どうして俺は戦えたのか不思議でならない」
「は、ははは……はは……はあ。砂翔君、その竜の死体はどうしました……?」
「そういえば、殺したっきり放置してたな。墓でも作るべきだったか」
久先輩は急にハンドルを離し、顔を手で覆う。後続の車から鳴らされるクラクションなど気にも留めない。それだけ余裕がない、という事か。
リーべさんも何やら信じられないものを見たかの様で、青ざめた顔でただ俺をじっと見つめている。
ああ、これは、やってしまったのか。
内容は分からないが、多分これはやらかした奴だ。
「……リーべ、運転と砂翔君の案内を頼む。死なない範囲でなら、砂翔君に何をしても僕が揉み消そう。だから頼んだ、僕は少し出かけてくる」
「了解しました、父上」
無言のまま、久先輩は去ってしまう。怖くて顔は見れなかった。
リーべさんもただ無言で運転席に移動し、何事もなかったかの様に車を走らせる。
……本当に、俺は何をやらかしたんですか。
竜殺しが本当に凄い偉業で、それを俺が無自覚に成し遂げたとか、そんなありがちな無双じゃここまで重い空気にならないだろうよ。
それに死なない範囲でなら何してもって何なんだ。どうして久先輩は揉み消そうとしているんだ。死んでなければ揉み消せるだけの権力があるのか。
願わくば、この車の行き先が悲鳴も届かない路地じゃありませんように。
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