二話 出会い(一)

 ガチャリ、と商人が鍵をまわして重たそうな鉄の扉を開ける。

 開けた瞬間、むっとした空気が炎雲えんうんの鼻を突いた。

 部屋の中にはむせかえるほどの香の匂いが充満しており、思わず顔をしかめる。 

「ここら辺にいるのが上玉ですかね‥‥‥」

 帳簿と睨めっこをする商人の肩越しに、炎雲は部屋の中をのぞく。

 部屋の中にはざっと数えて二十人ほどの男女が、冷たそうな石の床に転がされている。

 ボロボロの布を上から一枚だけ着て薄っぺらい笑みを浮かべる女。

 全裸に申し訳程度の下着だけを着て睨みつけるような視線を向けてくる男。

 悪趣味だろ、こんなのを傍に置くとか。

 心の中で悪態をつきながらも、その悪趣味を今から自分がやるのかかと思うと、炎雲は自分自身に嫌気がさした。

 でもなー、そろそろ周りがうるさいんだよね。

 平民出身の炎雲にとって貴族の伝統というものは、どうしても肌に合わない。

 炎運が成人を迎えてもうすぐ四年が経つ。

 いい加減奥奴隷を迎えよという部下の小言にへきへきしてここに来たが、早々に帰りたくなっていた。

 やっぱ、浩然はおらんを連れてくるべきだったか。

 そんなことを考えながら、一歩下がる。

 商人は炎雲が離れたことに気づいていない。

 奥奴隷の基準は様々だが『異能』が使えること、それが大前提となる。

 もちろん教養や容姿も優れていることに越したことはない。

 貴族や王族にとって、如何に素晴らしい奥奴隷を持っているかがその者の社会的地位を示すことになる。

 この国の王族は血族ではないため、無闇やたらと子供を作ることは禁じられている。そのため、どちらかというと同性愛を推奨している者も少なくはない。

 その影響か、宮殿内では男が男を連れていたり、女が女を連れていたりする者もよく見かける。

 さて、どうしたものか。

 壁に背を預けて天井を見上げていると、微かに目の前の部屋から漂ってくる香とは違う匂いが鼻をかすめた。

 どこからだ、と不振に思いながらきょろきょろと周りを見回すと、暗がりで、身じろぎするものがあった。

 息をのむ。

 そこには一匹の白色の猫がつんとすまして座っている。

 な、どこから入ってきたんだ。

「ニャア‥‥‥」

 猫は一度鳴くと、廊下の奥に向かって駆け出した。

 おい、どうすんだ。

 炎雲は商人のほうに視線を向ける。どうやら、猫の存在には気が付いていないようだ。

 このヘボ商人がッ!

 心の中で叫びながら、炎雲は帳簿しか見ていない商人は置き去りにして、猫を追いかける。


 こ、ここどこだ。

 猫はこちらにそこそこペースを合わせて走ってくれていたが、それでも猫は猫。

 ほとんど走るような形で追いかけることになった。

 乱れた息を整えて、猫の姿を探す。

「って、あれ‥‥‥?」

 

 そんなバカな―——。

 慌てて周りを見回す。

 どうやらここは廊下の突き当りのようだ。

 炎雲の目の前には固く閉じられた引き戸がある。

 戸に手をかけると、わずかに動いた。

(‥‥‥開いてる?)

 炎雲は思い切って力を入れ、がらっと開けた。

 そこは、窓ひとつない殺風景な部屋だった。

 先ほどの奥奴隷が入れられていた部屋よりは狭いが、それでもかなりの広さがある。

 物置としても使われているようで、壁際には木箱の山がうず高く積まれている。

「‥‥‥!」

 再び息をのむ。


「あなた、だれ‥‥‥?」

 

 

 

 

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王子の奴隷 小槌彩綾 @825

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