一話 東國
大海原の中に浮かぶのは、北から
北國は自然資源が豊富だ。この國でしか取ることのできないものもあり、主要な財源はそれらを輸出したりする貿易業。唯一の多神教国家で、特定の神様を信仰していないことでも有名だ。
東國は恵まれた気候と肥沃な大地で富み栄え、豊かな軍事力を誇っている。水の神様を信仰しており、偶像崇拝は禁止されている。特殊な習わしが今も続いており、平民と貴族の間の格差は激しい。
南國は温泉群で有名であり、昔から湯治の土地として栄えていた。火の神様を絶対的としている。
西國は他の三國と比べてあまりよく知られていない。他の國とのつながりは一切なく、閉鎖された國であった。
北に
東國は大きく三つに分かれて成り立っている。
最大の面積を占める陵は、王様が全身を火傷する事件以降急激に國土を拡大していた。
陵の王族は常に王様が一人、王子が四人。
王子は巫女的な役割を担い、血族ではなく身体のどこかに特徴的な印を持って産まれた者が王族となる。
そのため、たとえ王族の子供でも印がなければ貴族の身分となる。
妻を持つのは王様だけで、王子は生涯妻を持つことは許されない。
代わりに高貴な人は伽用に、『奥奴隷』と呼ばれる容姿はもちろん教養もあって芸に秀でている者を成人になったら持つことになる。
王子の奥奴隷に選ばれるのは、『異能』と呼ばれる特殊な術を使う者で、王子は奥奴隷を一人は持つことが義務化されている。
その理由は、王子を守る盾とするためであった。
「‥‥‥暇だ」
そうため息交じりに呟くのは、ぽっちゃりとしている奴隷商人である。
昼の陽気な空気が漂う昼下がり、今朝からお客は一人も来ないため商人は暇を持て余していた。
店舗はあまり広くなく、出入り口から数えて縦が約五歩分、横が約七歩分しか幅がない。
そのとき、ちょうど店の引き戸が開いた。
「いらっしゃい、ま‥‥‥せ?」
商人は反射的に姿勢を正したものの、動揺を隠せていない。
客は、頭から重たそうな黒い布を目深に被っていて顔が見えない。
それどころか、裾の長い外套をまとっているせいで、全身が隠れてしまっている。
かろうじて、背の高さと肩幅から男性であることぐらいは判別できる。
この仕事を始めて早二十年ぐらいになる商人だが、その中でもかなり異質な客であった。
無言で戸口に立ち尽くす姿は、不審で怖い。
「‥‥‥ここは、奴隷を扱う店、で間違いないか」
躊躇いがちだが、低く落ち着いた男の声だ。
敵意は感じられない。
ただの確認だけのようだ。
「そうだが。お前さん、奴隷をお求めかね?」
「ああ」
「一口に奴隷と言ってもぴんきりだ。どういう用途で奴隷が欲しいのか、後は金次第だな」
そう言いながら、商人は今この店に残っている奴隷の帳簿を取り出した。
見たところ、金はあまりなさそうだ。あまり期待はできないだろう、とそんなことを考えながら帳簿をめくっていると、
「これぐらいで足りるか?」
男は懐を探り、袋を取り出した。
そのとき、ちらりと見えた外套の下は、簡素だが高級そうな服だった。
男は、台の上に取り出した袋を置く。
商人は袋の口を開いて、中を覗き見てぴたりと動きを停止する。
袋にはざっと数えて、百以上の金貨が入っていたのだ。
「もし足らないようなら、後から持ってくる。それから、奴隷の用途だが―——」
商人は首をすくめてから、おそるおそる顔を上げると、男が布で隠れていた素顔を露わにした。
「奥奴隷用の者を、一人」
そこに立っていたのは、陵國の若き第三王子、
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