転性して転職した元男のダンジョン攻略配信

@mooooz

第1話 転機

ダンジョン、突如この世界に現れたそれは、ゲームの世界からやってきたように世界から浮いていながら、それでいて俺たちの世界を大きく塗り替えた。そのほとんどが中世やそこらのまま時が止まったような内装をしており、魔物というこれまたゲームに出てくるような奇妙な生き物が闊歩している。彼らはダンジョンの中を自らの縄張りと認識しているようで、めったに外には出てこないが、ごくまれに街に魔物が迷い込んで死傷事件が起こることから、ダンジョンは人々の脅威となっている。しかし、ダンジョンと共にこの世界に齎された魔法(魔術とも)が魔物に有効なこと、そして魔物を倒すことで人々が強くなることが発見されてからは、積極的にダンジョンへ潜り、魔物を駆逐することが奨励された。さらに、その過程で魔物が所持するアイテムやダンジョン内に隠されたアイテムの有用性が認められたことで、今やダンジョンは企業たちにとって新たなフロンティアとして注目されている。

…かく言う俺も、そのダンジョン界隈に一枚噛んでいる。といっても実際に潜っているわけではなく、魔法の研究、発見を行ったり、それを応用した魔道具を作成する魔法研究家、ダンジョン潜りの間だと魔術師って言われる職業だ。矢面に立って活躍するなんて俺のガラじゃないし、俺の成果がダンジョン潜りの営みを手助けしていると考えたら、とても喜ばしい。

しかし、最近は研究が芳しくない。姿を見えなくする魔法を作ろうとしたら、服を消す魔法を作ってしまったり、魔物を追尾する攻撃魔法を作ろうとしたら、火球に足が生えたりして、全ての施策がうまくいっていない状態なのだ。しかし、暮らすためには成果を出さなくてはいけない。そのためには、たとえ不調でも何もしないわけにはいかない。そんな訳で、今日もアイデアを書き留めたメモ帳を覗き、今日のやることを定め、研究室へ向かうべく家の扉を開いた。

「ギギャーーー!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

扉を開いた瞬間、巨大な口のような魔物が俺に覆いかぶさってきた。そいつの中は湿っており、時々暗闇から水滴が滴った。パニックになって必死に手足をばたつかせるものの、魔物は微動だにせず、次第に散々動かした手足の感覚がなくなり始めた。暗闇の中で自分の身体がどうなっているのか分からず、五感を奪われる恐怖に耐えていると、唐突にアパートの天井が視界に飛び込んできた。見渡すと、俺を覆っていた魔物は少しづつ融解していっていた。命が尽きたのだろうか。何が何だかわからないまま立ちあがろうとした時、さまざまな違和感が一挙に俺を襲った。さっきまで着ていた服がとてつもなくブカブカなこと、視界が低くなっていること、髪の毛が伸びていること…俺は慌てて部屋へ引き返し、洗面台へ直行した。空のダンボールを台代わりにして必死に鏡を覗き込む。そこには…

「…誰、これ?」

金色の髪に、緑青色の瞳をした幼い女の子がいた。


———————


「う〜ん、見つからない…。」

しばらくは気が動転していたが、少しづつ落ち着きを取り戻してきた俺は、さっきの魔物のことをネットや本を頼りに調べていた。が、何一つ手掛かりが見つからない。

「スライム系か…?いや、それにしては肉肉しかったよな…」

固まっていないセメントとタコを組み合わせたような奇妙な生き物、クトゥルフ神話のショゴスがあれだと言われたら、全く腑に落ちるような見た目のそれは、恐らく新種の魔物らしい。

「しかし、どうするかなぁ…。」

一瞬のうちに色々なことが起こりすぎて、俺はかえって今日の予定が瓦解したことを憂いていた。一種の現実逃避である。

「さっきのやつを調べようったって、これ以上調べようが…!!そうだ!」

魔物のことならダンジョン潜りに聞けば良いと気づいた俺は、すぐさま知り合いのダンジョン潜りにメッセージを送った。

「捕まったら女の子になっちゃう魔物っている?」

小さな手で苦戦しながら何とか簡素な文を打ち込んで送信した。すると、ほんの数分で返事が返ってきた。

「そんなの知らないし、聞いたこともない。なんかあったの?」

俺は悩んだ挙句、相手を信用して本当のことを言うことにした。

「実はさっき魔物に捕まって女の子になっちゃったんだよね。」

送信してからさらに数分後、廊下を歩く音が聞こえたと思ったら、俺の部屋の前で足音が消え、呼び鈴が鳴らされた。俺はやおら立ち上がり、おぼつかない足取りで玄関へ向かった。玄関を開けると、そこには青髪の少女が佇み、興味深そうに俺を覗き込んだ。

「へぇ〜、本当に女の子になってる。嘘じゃなかったんだね。」

「……本人確認とかしないの?」

「そんなの魔力見ればわかるから。話聞くから入れて。」

魔力は生けとし生きるもの全てが持つ生命の源で、これを燃料に魔法を使う。んで、その魔力には個々人によって特徴がある。この特性を利用して、魔力によって本人確認を行う魔力視なんてのをやる人もいる。彼女—金木いのりがその例だ。

いのりを部屋にあげ、俺は事の顛末を洗いざらい話した。彼女は終始顔色ひとつ変えずに聞いていた。別に彼女が俺の話に退屈しているわけではない、元々あまり感情を表に出さないのだ。俺が話し終わった後、彼女は少し考えて口を開いた。

「…そんなに気になるんだったらさ、潜ってみなよ、ダンジョン。」

「…う〜ん、それも考えたけど…この身体じゃな。」

「?魔法さえ使えればフィジカルはある程度賄えるよ?魔術師だし、魔法は得意でしょ?」

「そうだけど…」

ダンジョン潜りと魔術師兼任している人も中に入るし、俺も考えなかったわけじゃない。だが、この際告白すると、俺は臆病なのだ。痛いのは嫌いだし、研究職についたのも、本当はダンジョン潜りたちに俺の身を守るための力を与えるためだった。そんな俺の心理を汲み取ったのか、彼女は俺に手を取った。

「大丈夫、安心して。私も一緒だから。私が昴のこと守るよ。」

いつも通りの無表情。だが、その言葉には普段の脱力した彼女にはない力強さがあった。彼女は追い打ちをかけるように言った。

「…私も気になるんだよね、その魔物。人の性別や、年齢までも操るなんて、ただの魔物では片付けられない特徴だからね。場合によっては私たちにとって最悪の脅威になるかも。だから手伝うよ。そいつを探すの。」

その言葉を信用して、俺は覚悟を決めた。

「…わかった。それじゃあ、やってみるよ。ダンジョン潜り…頼りにしてるからな?」

「うん、任せて。」

俺は握られた手を強く握り返した。正直まだ怖いが、今は少し安心感と期待が入り混じっている。

「よし、それじゃあ…まずは配信機材整えようか。」

「…はえ?」

自分でも信じられないくらい素っ頓狂な声が出た。俺は彼女の言ったと思しき言葉を復唱した。

「配信?」

「うん、今はダンジョン攻略を動画サイトで配信してる人たちがいるんだよ。知らなかった?」

ダンジョン攻略配信、元々はダンジョン内での人為的な被害を証拠として録画する、ドラレコみたいな形で開発された撮影用ドローンを駆使して、ダンジョン攻略の様子を配信すること。昨今は単純な娯楽や同業者同士の情報交換のツールのひとつとして用いられている。

「いや、それは知ってるけど…なんで?」

「配信者として有名になれば、情報が手に入りやすくなるかも。」

「その考えはわかるが…それって知名度ありきだろ?それって時間かかるんじゃ…」

「大丈夫。」

いのりは俺の肩を掴むと、ぐいと姿見の方へ俺の身体を向けた。長いまつ毛、少し吊り目気味の大きな瞳、ツンとした鼻に丸く幼い輪郭、誰がどう見ても…

「かわいいから、すぐに人も集まるよ。」

俺の思考と被せるようにいのりは言った。俺は何だか恥ずかしくなって頬を赤らめた。

「あ、あう…う、そう、かぁ…?」

かくして、俺こと四谷昴のダンジョン潜り、改めダンジョン配信者としての活動が人知れず始まったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転性して転職した元男のダンジョン攻略配信 @mooooz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ