フクロウの翼

「ゆずりはって名前は、勝手にオレが願いを込めてつけたんですけど、実際の意味としては、子供の成長を見届ける親のような、子孫繁栄の植物の名称なんですよね」


 普段より動きやすさ重視の格好をしながら、紬がダンボールのガムテープを剥がす。その姿を視界に捉えながら、玲奈は食器の包みを取っては畳んでいた。


「本来は人名に付けられない漢字で書くんだっけ? いいよね、バーチャルならではって感じで」

「別の漢字で苗字なら存在するらしいんですけど……まあ平仮名の方が覚えて貰いやすいかと」


 楪、という字を指で書くと、紬は木へんに工という字を書いてみせた。なるほど、どちらもそんなに馴染み深い文字ではないので伝わりにくそうだ。


「オレは、言葉を譲る、みたいな意味なんかなーって当初は思ってて。正しくはないんですけど、成長だけじゃなくて、語感的にそういう気持ちも含めて名乗っててもいいかなーって。オレのスタンスとして、ね」


「ゆずりはくんのチャンネルは、願いで出来てるんだね」


 食器棚に皿を仕舞って、次のダンボール箱の文字を見る。重くなるので小分けにしてあるが、20箱にも及ぶそれは全部書籍だった。


「本棚に本を並べるのって楽しいよねぇ。これはあとに取っておく?」

「や〜、悩みながら並べたいですからね。ありがとうございます」


 紬がとたとたと寄ってきて、本のダンボールを端に整頓し出す。ここは口を挟んで邪魔をしたくない分野なので、玲奈もそれに倣って中身を出すことはしなかった。


 聞けば、本の半分は自分で購入していて、残りは実家の書斎から借りているものらしい。彼の父親は、自分の蔵書を紬が持ち帰って読んでくれていることが嬉しいらしく、どんどんと次を勧めてきてくれるのだそうだ。


「純文学のものなんかは配信に使わせて貰ったりしてるんすよ。みんながネットに強いわけじゃないんで、家族で配信を見てるのは兄ちゃんぐらいですけど」

「お父さんは応援してくれてるの?」

「すっごく。母さんも喜んでくれてますね」


 いいなぁ、と思う。読書家の差し出してくれた物語が、人々に伝播していく。


 それに、紬の家庭に良い空気が流れているのも素敵なことだと思う。あの高校生時代より、紬は余程楽しそうに家族を語る。


「ここのエリアが終わったらお昼休憩にしようか。私の部屋にチャーハンとスープ作っておいたから」

「うはー! 楽しみ! こっち使えたらよかったんですけどね、この通りまだごちゃごちゃで」

「隣なんだから手間じゃないよ」


 桜の咲く頃に先輩のマンションに引っ越したい、というのは紬が兼ねてから口に出していたことだった。本当は完全な同棲を望んでいたようだったのだけれど、何せ壁を覆うほどの本と、配信環境のために機材をたくさん持ち込まなくてはならないのだ。狭くはないマンションだけれど、部屋数を考えるとどうしたって物理的に無理がある。


「何より、配信の時間にうっかり部屋に入ったり物音を立てる自分を思うと許せなくて……!!」

「別に、たかのりさんがそうって明かさなくても恋人がいる話はしてもいいと思ってるんですけどね、オレは」

「ノイズになりたくないの、私は!」

「ガチファンだなぁ……まあ今はいいですよ、このふた部屋で。時間が合うときは一緒に過ごしましょうね」


 彼が譲歩の姿勢を取りながらも、大学を卒業したらいずれ大きいところに2人で引っ越そう、と密かに計画を立てているらしいことを、玲奈は薄々察している。彼の祖父が孫の明るい未来を大層喜んでいるので、口が緩くなっているのだ。


 せめて壁が厚くて個人の部屋に鍵のあるところでなくては……!


「荷解きが一段落して、ひと息ついたら……一緒に本を見に行きませんか」


 モニターの設置が終わったらしい紬が腰を上げる。意識を引き戻されて、しゃがんだまま彼を見上げた。


「ほら、前言ってた新しめの本の紹介配信。気になってる小説がいくつかあるんですよね」

「あ、私も仕事に使うのを見ておかないと」

「先輩はどんなやつ探してます?」

「公開予定の映画の原作。と、その関連書籍。特集ページ組むんだ」

「いいっすね。発売が楽しみです」


 手を差し伸べてくるゆずりはが、紬の微笑みが眩しい。あの始まりの夏の日と、隣に立ちたいと告白してくれた日のことを思う。連れ立って書店へ赴くのは絶対に楽しくて、希望に満ちた時間のように感じられた。


 手のひらを重ねて、立ち上がる。「諦めなくてよかった」と愛しい彼が笑ってくれる。


「ありがとう。私、あなたの力強く歩いていく姿が、いちばん好き」


 一緒にどこへだって飛んでいける。春の陽気の中で、フクロウの翼が広がる。

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絶対!!譲れないゆずりはくん たいご @hananome2223

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