第49話 見えて来た闇


 MPを300つぎ込んだストーンシャワーは、崖崩れや地滑りの要領で起動した。


 本来であれば魔力で構成した岩を上空に発生させ、ランダムに落下させる事で相手にダメージを与える魔法なのだが、蟹江静香が圧縮ファイアーボールを起点にして生み出した【圧縮ストーンシャワー】は想像を大きく超える被害を発生させた。


 しかし、この反動により、蟹江静香の片目が弾け、機能停止となった。


能力値ステータスを参照すると、脳の機能を能力以上に発揮した所為で、一時的に視覚機能が失われてしまったようですね。レベルアップか、時間の経過と共に回復するかと思われます』


「オペちゃん診察ありがとう。それでは被害を確認しに行きますか……」


「先生、なんでそういったリスクがある事に平気で飛び込むんですの⁉ 何も片目を潰す事なんてありませんでしたのよ!」


「せんせぇ……! 無茶しないで……!」


 蟹江静香の取った行動は生徒ふたりに傷を残した。意図としては生徒に危険が及ばない為の行動だったが、いきなり片目が潰れる様な危険行動をとるべきではなかったと反省した。


「取り逃したら危険だと思ったから……。つい……!」


「先生は考えなしに突っ込む癖があるみたいですわね……。慎重だったり神経質だったり、本当に困った先生ですわ!」


「せんせぇに何かあったら、わたしも、怖い」


 これ以上攻められはしなかったが、蟹江静香は魔法の過度な圧縮は危険であると、改めて理解できた。


「サムソンの言っていたリスクは、こういう事だったのか……」


『圧縮ファイアーボールの成功体験から出た行動なのでしょうが、今後は使用を控える様にお願いいたします。恐らくは正常に発動可能としても、せいぜい五倍くらいが反動の出ない範囲だと思われます』


 圧縮魔法についてのリスクも確かなものとなり、改めて全滅させたゴブリンの補給部隊を観察してみる。魔法で構成された岩石は姿を消し、不自然に圧死したゴブリン達の死体だけがその場に残されている。


 前を行軍していたゴブリン部隊は姿が見えず、先に進んだものと見て間違いない。


 補給部たちとしての役割を担っていたこの部隊は、台車に物資を満載にしていた。道中彼らが口にしていた謎の食糧。それが大型の木箱に収納されている。


 見た目は一見、果実の様にも肉の塊にも見える。紫色をしており、安全な食べ物の様にはとても思えないが、行軍中ゴブリン達はこれらを貪るように食していた。


「明らかに脈打っているんだけど……。これは一体なんなのだろう」


 木箱をひっくり返すと、その奥には小さな杖が仕込まれていた。杖の先端には妖しく輝く宝石が埋め込まれており、肉塊果実と同じ色をしている。


『食べるのはやめておいた方が良いかもしれません。良い結果は無いでしょう』


 地面に無造作に転がった肉塊果実を、突如として現れた野生の小動物が拾って口にした。その結果、肉体が異様に変質しその後、身体の内部から爆発した。


「食べなくて本当に良かった……』


『解析を行います。ゴブリンと小動物の死体を見せてください』


 神界機構のオペレーターによる解析が進む中、散乱していた筈のゴブリンの死体が一カ所に集められていた。


「……誰か、ゴブリンの死体を動かした……?」


 ゴブリンの死体は何かに吸い寄せられるかのように、少しずつ集まっていく。蟹江静香は咄嗟にファイアーボールを発動させ、死体を焼き尽くそうと試みた。


 しかし、集められた死体はファイアーボールをも跳ね除け、泥の様に混ざり合う。二百体分の質量が合体し、ひとつの大きな異形が形成された。


『う~ん……! 久しぶりに顕現したとおもったら小鬼のハラワタか……! 目覚めとしては最悪の部類だ……!』


『念話だ! こいつ! 直接頭の中に語り掛けてくるぞ……!』


 集合した肉塊は言語、というよりも明確な意思を示した。


『顕現対象としては最悪の目覚めだが、開口一番の出会いとしては最高の部類だな。繁栄の因子ひとつと、蝕の因子がふたつ、どうやら世界はまだ俺を必要としている』


『話して分かる部類の生命体か⁉』


【マスク判定】【マスク判定】


『おぉ、明確な知能と意志を持っている⁉ そんなことがあるのか⁉ 長い歴史の中で……。魂の形が異なる……? あぁ、そういう事かぁ……』


『一人で納得している所悪いんだけど、あなたは何者なの⁉ 敵? 味方?』


『それはキミ達の返答次第かな……。久しぶりの顕現だ。折角だから俺の運動に付き合ってもらうとしよう……!』


 謎の生命体を中心に粘性のある空気が展開される。周囲の空気を練り上げ重力場を発生させたかのような異質性、それがたった一人の存在によって行われた。


『世界の理を捻じ曲げる様な行い……! あなたは一体……!』


『さぁて……我を楽しませる事が出来たら教えてやろう』


 かくして、謎の生命体との戦いが始まった。イニシアティブ判定は謎の生命体、相塚みんと、蟹江静香、鳴海蝶子となるが、大怪獣甲殻ブレーメンの形態を解除していない為、三回行動という形にある。


『うん、そうだね。得体の知れない相手だ。一番速度の出る状態で戦うのが定石と言える。生命の輝きも眩い……。【招かれた者】【召喚者】様々な呼び名が歴史上残されているが、キミ達はどれに属したものなのだろう。きっと戦いの中で見出せるはずだ。これ程にまで眩い魂の輝きがあるのだから……!』


 謎の生命体に攻撃してくる意志は見えない。自分の身体の構造を確かめる様に、無形の身体を動かしている。


「相手の実力が分からない今、私達に出来る事は全力を出す事! みんな行くよ!」


 相塚みんとの通常攻撃、達成判定【6】【3】 成功! 大怪獣甲殻ブレーメン形態からの噛みつきが炸裂した。


 続けて蟹江静香のデスクロー、達成判定【4】【1】 成功! 鋏から生じた螺旋の衝撃波が相手を拘束し、体力を奪い取る!


『うぉおおっ⁉ 素晴らしい! 見たことの無い不思議な技だ……! 螺旋力! 大いなる世界の理を構成する力……! これを一生命体が使いこなすなんて! キミ達は思っていた以上に面白くて異質な存在らしい! よろしい! 認めよう!』


 そう言って生命体はデスクローの拘束を破壊した。


『えぇ……! デスクローはそう簡単に外せるような技じゃないのに……!』


『名乗らせてもらうよ……! 我が名は……冥王! イウオール・ドミニショニス! 世界の理をから外れた全知全能の存在である!』


 意気揚々と名乗りをあげた存在は、一歩を踏み出すとその場で崩壊を始めた。


『はーっはっはっは! どうやらあの技、俺を瀕死にする技だったらしい! 顕現したのは良いが、もう動けん! 螺旋力! 恐ろしい力だ!』


『えぇ……。どうしたらいいの……』


『そこに俺の力を勝手に使っている杖があるだろう。それを渡してくれ』


 蟹江静香は木箱の奥に収納されていた杖を取り出し、冥王を自称する生命体に与えた。その行動はよくよく考えるとかなり軽率なモノであったが、彼女は不思議と冥王が敵だとは思えなかった。


『はーっはっはっは! 感謝する! 俺は事実上不死身ではあるが、顕現してしまった以上、世界の理に縛られる運命を背負わされた! どこぞの阿呆が俺の力を勝手に使用している様だ! 殺さなくてはな!』


『そんな、ヨボヨボのおじいちゃんみたいな恰好で言われても……』


 冥王イウオール・ドミニショニスは杖を支えにして、生命としての活動を維持しているのに手一杯の様だ。徐々に形が変化し、それはやがて一人の人間体となった。


『はーっはっはっは! 人の身体を模した俺も美しい!』




【トピックス】――――――――

 【冥王イウオール・ドミニショニス】

 この世の理から外れしもの【冥王】の冠を持つ人物。であり、神界機構の管轄からも外れている。知的生命体の一生から得られる【感情エネルギー】を主食としており、物語とドラマをこよなく愛する者でもある。大脳が発達している生物が好き。

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