自分の参加作!
2-20 宝石の樹海と妖精の騎士(第二会場3位 / 総合12位)
【あらすじ】
大陸中央に、宝石と魔物とを産する大森林がある。
大樹の樹皮に、花の芯に、蔓草の宿根に……植物が宿す無尽蔵の宝石は、「宝晶術」の魔力源として、諸国を大いに繁栄させてきた。
一攫千金を狙う者たちが「採取者」となり、魔の蠢く樹海に分け入った。ある者は富を得、ある者は命を落とし、その血と引き換えられた宝石が人の世を潤す。そのありようが、二百年続いた。
いま樹海の街を訪れるは、宝晶術の名門・グランツシュタイン家の令嬢シャルロッテ。
五年前、旅人と駆け落ちした双子の姉リーゼロッテが、名を変えて採取者として活動している――そんな噂が届いていた。
両親を上回る才の持ち主と謳われた姉。非才の子と軽んじられ、常に姉の影にいた妹。
己は、姉に会いたいのか。会いたくないのか。共に帰りたいのか。そうでないのか。
相反する感情を抱えつつ、シャルロッテは忠実なる従者と共に、姉の軌跡を追って魔の地へと足を踏み入れる――
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【本文】
麻布包みから出てきたのは、一束の髪だった。
元の色もわからないほど焼け焦げ縮れた毛に、煤けた黄金の装飾が差さっている。花を象った精緻な意匠、花芯部でひび割れた大粒の紅玉。シャルロッテ・グランツシュタインにとって、確かに見覚えがある品だった。見覚えがあってほしくはなかった。
「死んだよ。グレイスは……いや、あんたら向けには、リーゼロッテ・グランツシュタインか」
何の感情もなく、目の前の男が言い放つ。叫びたい衝動を辛うじてこらえ、シャルロッテは一言だけを低く呟いた。
「嘘です」
肩に、横から手が乗せられた。ようやくシャルロッテは、己が震えていることに気付いた。
宿の一室、傘つきランプの薄明りの下、計四人の男女が卓を挟んで相対している。無表情に座る、筋肉質の精悍な男二人。反対側に座る、シャルロッテと小柄な男――従者ヴェルナー。
ヴェルナーの温かな掌に、シャルロッテは少しばかり平静を取り戻した。唾を飲み込み、目の前の男二人を強く睨みつける。
「ありえません。リーゼ姉様ほどの才の持ち主が、そう簡単に命を落とすなど」
「あるはずがない、『採取者』に明日の命の保証など。箱入りのお嬢様には想像もつかないだろうがね」
頭の芯が、かっと熱くなった。怒りのままに浮かぶ言葉を、数度の深呼吸で整理する。
「そうおっしゃるなら、仔細をお話しください。我が姉リーゼロッテが、いついかなる状況で落命したか。共にいたはずのエルフの殿方は、どこで何をしていたか。お仲間のあなたがたは、なぜ姉を救わなかったのか」
話すうち、否応なしに浮かぶ。幼き頃からの姉の姿が。
物心つく頃には隣にいた、同じ顔の双子。けれど似たのは姿だけで、宝晶術の技量も人当たりの良さも、両親の才はすべて姉が継いでしまった。明るく才あふれる姉、陰気な不肖の妹――一度刻まれた烙印は、年月が経てど消えはしない。ある日突然、姉が行方をくらましたとしても。家宝の髪留めと共に、旅の男と駆け落ちしたとしても。
「姉も連れ戻せず、伝来の宝物も壊れ、詳しい状況さえわからない。そんな報せだけを、故郷に持ち帰るわけにはまいりませんので」
「十日前、樹海の魔物に焼かれた。アルブレヒト……あんたの言う『エルフの殿方』も一緒にな。不意打ちだった、助ける余裕はなかった」
眼前の男は、髪束を冷たく一瞥した。
ランプの灯りが翳る。脇に控えたもう一人の男が、机の下から水晶の小片を出し、灯りの根元に入れた。澄んだ光が再び強くなった。
「遺髪を持ち帰れただけでも、感謝してほしいがね」
男が、右の掌をシャルロッテへと差し出す。
遺品の引き渡しに、代価を要求されている――理解した瞬間、シャルロッテは卓を叩いていた。大きな音に、男たち三人の視線が集まる。
「あなたがたはお金を取るのですか、姉を亡くした妹から」
「言っておくが俺たちにとっても、これは大事な仲間の形見。法の上でも『採取者』の遺品は、回収した人間の所有になる。出る所へ出ても構わんが、あんたらの勝ち目は万に一つもないぞ」
「……いくら、お望みですか」
震え混じりの声で問えば、男は冷たく目を細め、シャルロッテを舐め回すように見た。
「金貨五枚、もしくは同等の宝石。できるかぎり安くしたつもりだ」
挑発とも侮蔑とも受け取れる、冷たい視線。
足元を見られていると、未熟の身にさえ理解できる。しかし交渉の材料も、市民の家なら一軒が建つほどの対価を払えるあても、今はない。横でヴェルナーが遠慮がちに頭を下げた。
「検討の時間をいただいてよいでしょうか」
「構わんよ。値切り以外なら、いつでも声をかけてくれ。俺たちの命があるうちにな」
焼け焦げた髪と、壊れた髪留めとが、再び麻布に包まれる。
シャルロッテはヴェルナーと共に、何も言えぬまま席を立った。握り締めた拳は、白んでいた。
◆
宿を出れば、すでに陽は西に傾いていた。中央通りを行き交う人々の中に、深緑の革鎧や外套を着けた姿が目立つ。樹海で姿を隠すための色だ。噂に聞く通りの採取者たちだった。
――姉さんも、あの地味な服を着たんだろうか。お洒落だった姉さんが。
街の景色に、記憶の姉を重ねられないまま、シャルロッテは辺りを眺めた。採取者相手の宿や酒場には、昼間から人が入っているようだ。剣や鋸の看板も多い。探索用の装備品だろうか。
不意に指で肩を叩かれた。従者ヴェルナーだった。振り向けば物陰で、怪しげな影が動いて消えた。
心臓が少し冷えた。土地に不慣れと知られれば、簡単に悪人に付け入られる。
「ごめん。気が抜けてた」
「あまりの出来事、さぞお悲しみと思いますが」
ヴェルナーは優しく微笑んだ。
「お父上お母上へのご報告まで、我らの旅は終わりません。油断はなされぬよう」
「なんて言って、伝えればいいだろう」
「まずは真偽を確かめましょう。
シャルロッテは首を傾げた。
中央通りのそこかしこに見える、道案内の看板。どれもに「宝石屋台」の方角が記されていた。ここは宝石の樹海入口。あらゆる種類の貴石宝石――採取者の血と命で購われた恵みがあふれている。最前線の戦場であり、市場だ。
「たぶん調達できるよね……ここ、石ならなんでもありそうだし」
言えば、ヴェルナーは恥ずかしげに頭を掻いた。
◆
中央通りから、西に延びる街路をしばらく歩けば、すぐそれとわかる布張り屋根の群れがあった。日暮れを前に、いくつかの屋台は荷をたたみ始めている。急ぎ気味に通りへ足を踏み入れ、シャルロッテは場の空気に慄然とした。
街路が、おそろしいまでの力に満ちている。
屋台の店頭に、石の山が無造作に積まれている。「糸杉の
「探し物かね」
屋台の店主が声をかけてきた。腰の曲がった老婆は、人の好い笑顔をこちらへ向けている。
「勿忘草の石は、ありますか」
「ってことは、尋ね人かい」
一瞬のためらいの後、シャルロッテは答えた。
「グレイス、という採取者をご存知ですか。亡くなったと聞きましたが」
「おや、もしや縁者かな。よく見ればそっくりだね」
老婆は、麻袋をひとつ奥から出してきた。
「樹海の勿忘草から採った、純正の
中には海のように青い、しかし
と、不意に、シャルロッテの視界が歪んだ。
「グレイスさん、いつも上等な石を持ってきてくれてねえ。ずっとお世話に――」
老婆の姿が急速に遠のく。
代わりに一組の男女が、うっすらと目の前に現れた。深緑の外套に身を包み、談笑している。
(卸完了! 今日もいい値で売れたね)
頭蓋の中、響いた声に息が止まる。
懐かしい声。昔どおりの、姉リーゼロッテの声。
(そうかな。僕としては、もう一声ほしかった)
(済んだ取引は仕方ないよ! それより美味しいもの食べにいこ)
男の顔に見覚えがある。姉と共に逃げた、あのエルフ男だ。
姉は、いつもどおり。記憶のままの朗らかな笑顔で、不満げな男の手を引いている。
そう、いつもどおりに。かつて妹へ向けてくれた、輝くばかりの同じ笑顔を――
「シャルロッテ様!」
肩を揺すられ、我に返った。顎の先から、ぽたりと滴が落ちた。
「『見えた』のですか」
ヴェルナーの言葉に、頷きを返す。
勿忘草の魔力は、忘れ難き相手の過去の姿を蘇らせる。高純度の魔力にあてられて、見えてしまったのだろう。つい先日まで、ここにいた者の姿を。
ああ、そして、引きずり出されてくる。忘れたかった日々が。思い出せば、胸が詰まってしまう記憶が。
(シャルだって、がんばってるんだから)
両親の叱責からかばってくれた、満面の笑顔。
(シャルはシャルでいいところあるんだから。私、知ってるよ)
沈んでいると励ましてくれた、穏やかな声。
すべての才を独り占めして、それでも、いちばんの味方でもいてくれた姉さん。
だから、認めたくなかった。受け入れたくなかった。
どうして、あんな男と逃げたりしたの? 私じゃない誰かの方が大切だったの?
「大丈夫かい。お嬢ちゃん」
老婆までもが、顔を覗き込んでくる。
シャルロッテは、静かに首を縦に振った。口角を、引き上げた。
「勿忘草の石、いただいていいですか。銀九枚、でしたよね」
銀貨を、皺だらけの手に乗せる。重みある袋を受け取りつつ、小声で呟く。
「ヴェルナー……私、許さない」
ちらつくのは、さきほど見た姉の笑顔。
自分以外に向けられた、いちばんの笑顔。
「勝手に逃げて、勝手にいなくなった姉さんを……絶対に許さない」
そう、許さない。姉を奪ったエルフ男も。姉自身も。
だから見届けるのだ。二人はここで何をしたのか。本当に落命したのか。だとしたら、どのように。
この石があれば見えるはずだ。樹海の奥深くで何が起こったのか。
「明日、服買うよ。樹海用の緑のを……うまくいけば、金貨五枚分の宝石だって採れるかもしれない」
拳を握り締めて呟けば、ヴェルナーはいつものように、深々と頭を下げてくれた。
書き出し祭りおぼえがき 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki
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