あなたはどうしてここに?

 気が付くと、ベッドで横になっていた。


(あれ?)


 体を起こすと、手に握っていた何かがはらりと床に落ちた。拾いあげてみると、それは手紙のよう。


「読めない」


 見たことない文字で書かれている。誰が書いたのか。


「イピゲネイア。話がある」


 パパに呼ばれた私は、サンダルを履いてそちらに向かおうとした。


(忘れてしまったのかのお)


 その時。どこかで聞いた気がする声が私の頭の中に響いた。

 私は足を止めて尋ねた。


「誰?」


(お友達じゃ)


「お友達? あなたなんて知らないわ」


(嘘は言っておらん。ふみをもう一度見てみい)


 そこで私は、声の主の言う通りにして先ほどは読めなかった手紙にもう一度目を通してみた。今度はなぜか読めた。


「イピゲネイア。実はお前との結婚を申し出ている者がいてな。その男と話を」

「俊信様ですか!」


 私の頭にふと浮かんだ人の名前。それを口にした途端、パパは固まってしまった。


「な、何を言っとる? そのような名の男はいない。もうすぐここに来るのはアキレウスで、ギリシアどころか世界最強の戦士――」

「パパ、私、もう決めました」

「何をだね」

「結婚相手をです」

「な、何を言い出すかと思えば、勝手な事を」

「いいえ、勝手なのはパパの方よ。アキレウス様をダシに使って私をおびき出し、祭壇で贄に捧げるつもりなのしょう?」

「え、なんで分かったの?」


 あまりの衝撃からか、パパは口調までおかしくなったみたい。


「先を読んだからよ」

「は? お前、さっきから何を言って――」

「これがその証拠よ!」


 パパを黙らせるための証拠を見せつける。


「何が書いてある?」

「えーとね。


『お気を付けてお帰りください。

 私はあなたのことをずっと愛しています。

 関俊信より。イピゲネイアこと桜子様に愛を込めて』


 うん? 間違った。裏面の方ね。


『大友隆資より イピゲネイア様へ

 あなたの未来が書かれた作品を一読した私からの警告です。

 お父上であらせられるアガメムノン大王閣下の策にお気を付けください。

 あなたを生贄に、お父上は戦争での勝利を得ようと企んでおられる故』


 はい、これがその証拠! 私はパパの言葉なんて信じないわ」

「そ、そんなぁ」


 情けない声を出すパパを置き去りにして、私は自室に戻りベッドに横になると、


「ねえ、あなた。まだいるんでしょ」


 呼びかけてみました。


(いるぞ)


 返事がありました。


「ねえ、教えてよ。あなたは何者で、なんで私の近くにいるのか」


 すると、何とも不可解な答えが返ってきた。


(わらわはお主で、お主はわらわだからじゃ。


 わらわは『かぐや姫』


 今宵はお主と語り明かしたいのお。


 お主があちらの世界で体験したこと、それとこちらの世界のこと。


 ま、とりあえずよろしくのお。イピゲネイアさん。


 わらわと一緒に、お酒と月見団子、ワインにパンで女子会といこうぞよ)


 「月を見ると心が正気でなくなる」と信じて生きてきた私だけど、この日だけはなぜか無性に月見をしたくなっていた。


 どうしてなんだろ? 何かを思い出せるから?


 それに、なんだか楽しいことを思い出せそうな気もするの。なんでだろ?


「ひとつ、いい? かぐや姫さん」

「いいぞ」

「あなたはどうしてここにいるの?」

「なんじゃ。ここにいちゃいかんのか」

「そんなこと言ってないわ。ただ、私の勘がね、あなたがどこか遠くから来た存在に思えてさ。間違ってる?」

「あっとるぞ。わらわは確かに遠くからやってきたのじゃ」

「へえ、どこから?」

「あら、勝手に話進めてるの? ひどいなあ、二人とも」


 私とかぐや姫の間に割って入ってきたのは、なんとアルテミス様。


「あら、無視はしてないぞよ。なあ」

「え、え、あ、アルテミス様?」

「そう、ならいいんだけど。ところでさ」

「「??」」

「イピゲネイアちゃんさ、みない? ほら、さっきの手紙に書いてある名前の男に会いたいとか」

「た、確かに気には」

「じゃ、決まり」

「へ?」


 女神様の言葉を最後に、私は何か渦のようなものに飲み込まれ、そして……。


「痛い!」


 気が付けば、尻もちをついていた。周囲を見渡すとそこはどこかで見たような場所で、


「おや?」


 どこかで見た顔の男性が座っていた。


「ひょっとして、これを取りに?」


 何言ってるの? と私が思っていると、その男性は冊子を表表紙を見せてくれた。するとそこには、


「え? なんで私の名前が?」


 動揺を隠せぬ私に、男性は告げたのです。


「あなたが書いた日記ですよ。おぼえてないようですね。では、読んで差し上げしょう」


 男性の朗読を聞いている内に、私の記憶がむくむくと蘇っていき、気が付けば、


「と、俊信様!」


と叫んでいました。


「あら、おぼえてくれていたのですね。ちなみに私はあなたのことももっと知っている」

「へ?」

「その秘密がまだここにある」

「へぇ?」

「読み進めましょうか」

「やめてーーー!」


 思わず叫んでいたのには、実は読まれたくない部分があって……。


「あれ? これを取りに戻ってきたとかではない?」

「違います」

「では、なぜあなたはここ八島に来たので?」


 返答に窮する私に、俊信様が囁きました。


「日記じゃなくて、私が目当てだったんですね。記憶を失っても私を求めてきたと」

「違う!」


 強い拒絶を見せても、私の気持ちは彼にお見通しのようだった。

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YOUは何故東国へ? ~西の王女様、東の異国にて旦那様候補を見つけるついでに世界を救う~ 荒川馳夫 @arakawa_haseo111

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