エピローグ
吾妻桜子の日記『紅花日記』 長安十一年ハ月の条
これを記し始めた時、私の名前は『イピゲネイア』でした。
それが今では『吾妻桜子』という名前も頂けました。
『吾妻』は『我が妻』で、『桜子』は『桜のように美しい人』だそうです。
この名前を付けられた時の私は、名前の意味が分かっていなかったの。
なんとなく素敵! ぐらいに思ってた。
でも、後で頭中将
私は誰の妻なんでしょう? って思っちゃった。
そこで俊信様に尋ねてみたの。
「私は誰の妻なの?」って。
俊信様はこう答えてくれました。
「『君を愛した人達』の妻ですよ」
俊信様は、やはりとてもお優しい方だな、と改めて感じました。
智紀様に配慮していることがよく分かったから。
私もあの方の笑顔が見られなくなって、すごく寂しい。
俊信様も同じ気持ちのはず。
でも、そこはやはり武者だけあって、私よりもずっと前向きな考え方ができるのはすごいわ。
「私が不甲斐ないせいで、智紀は世を去った。
あの子が生きているうちにもう少し優しく接してやるべきだと思った。
だけど、後悔しても智紀は喜ばないだろうし、あの子のことだから、
『落ち込んでるの? 情けないなあ。僕が側にいないくらいでさ』
と言ってきそうだ。
落ち込んではいられない。
精進せねば。身も心も。
智紀に助けてもらったこの命が無駄になってしまわないように」
誰かが亡くなるのを目の当たりにしても、それを自分が成長する力に代えて、その人の分まで頑張ろうと思えるのは中々できることではありません。
私もそうなれるように頑張らなくちゃ。
俊信様のことばかり書くのは他の人達に失礼だから、ここからは私に関わりのあった人達のことについて記したいと思います。
香様は、都を焼き討ちした罪に問われました。
本来ならば極刑らしいのですが、そこは帝の配慮で流罪となりました。
香様の行為は許されるものではありませんし、悪いことをしたら罰を受けるのも当然です。
ですが、香様にはやり直せる機会が与えられたのですから、それを無駄にはしないでほしいと思ってます。
でも、きっと大丈夫だと思う。
いつの日か八島に帰還ができた時、香様を迎えてくださる人が必ず一人はいるはずでしょうから。
赤子に戻った千古ちゃんと隆資様が、きっと香様を待っていてくれるんだもの。
歌詠みの会に参加してくださった
意外に感じましたが、そもそもお二方は役人様。歌詠みの会の時に見せる態度で生活している訳ではありません。
いけない、いけない。人を一面だけで判断しては。
隆資様は、勝手な独行動についての反省文を書かされたそうです。
帝の判決はとてもお優しいものと感じました。
もしも私のお父様の前で同じことをしたら、すぐに首を
ひょっとして、青龍帝様っていい人?
でも、ちょっと違うような。
以前に比べれば改善されたそうなのですが、それでも女性とお遊びをしているそうです。孝則様もあまり変わってないみたいですし。
あら、いけない。隆資様のことを書くはずだったのに。話を戻さないと。
娘の千古ちゃんは立って歩けるようになったそうです。
一歳の娘が見せる様々な姿に、隆資様も柄に似合わず顔が緩みっぱなし。
いいな、子どもって。
私も欲しくなってきた。
でも、こちらの世界では無理。諦めないと。
次に、私を竹林で見つけてくれた
おじいちゃんは『土蜘蛛』との戦いが終わり都に戻ってきてすぐ、私が家に足を運びました。
二人分のお礼を伝えました。
一人は、私を助けてくれたお礼。
もう一人は、かぐや姫様からのお礼です。
「今は亡き祖父のために、ずっとわらわをまっていてくれたのじゃな。
昔の帝のしたことは、あなたには関係ないゆえ安心されよ」
と伝えました。私の体を借りて、ね。
東麻呂おじいちゃんには若返りの薬はもうないそうなのですが、それを残念がる様子はありませんでした。
「あとはゆっくりと自分の人生を生きて、最期が訪れたら祖父の所に行き、『かぐや姫』と話したことを伝えたい」
と言ってました。
最後に、私がこちらに送られる理由になった『かぐや姫』様について。
書きたいことがたくさんあるのですが、本人に口止めされたので、ここに記すことは控えます。
私と同じ若い乙女ですから、秘密にしておきたいことがあるらしいのです。
この日記をお読みになった方、どうかお許しください。
さて、紙に書く場所が少なくなってきたので、まとめに入ります。
もうすぐ、アルテミス様との約束の日である中秋の名月。
八島の方々とのお別れの日となります。
寂しいものですね。
もう一つ。悲しいことがあります。
私が故郷に戻ると、八島での事は全て忘れてしまうのだそうです。
八島に来て十ヶ月ほどになりましたが、それまでに経験したことが全て消えてなくなってしまうのが悲しくてなりません。
でも、仕方ないのです。
私はアルテミス様による転移で、こちらに来た身なのですから。
ずっと、八島にいることはやはりできないのです。
最後にお願いがあります。
この日記を廃棄しないでください。
これは私が八島で生きた唯一の証。
知ってもらいたい真実なのですから。
長安十一年八月一四日 八島人の吾妻桜子がここに記す
記入開始から通算二百日目
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