第5章: 「銀髪のフェニックス、舞い降りる」
薄明りの差し込む倉庫に、警察のサイレンが鳴り響く。佐藤凛は、孫の翔太をしっかりと抱きしめながら、静かに微笑んだ。その姿は、まるで嵐の中で佇む凛とした樫の木のようだった。
「大丈夫よ、翔太。もう安全だからね」
凛の優しい声に、翔太は安堵の涙を流した。
警察官たちが次々と倉庫に入ってくる中、凛は颯爽とした足取りで彼らの方へ歩み寄った。エルメスのスカーフが首元でひらめき、その姿は70歳とは思えない気品に満ちていた。
「お待たせしましたわね、警部さん」
凛の口元に、小さな勝利の微笑みが浮かぶ。
「まさか、あなたが……?」
警部の驚きの声に、凛はウインクで応えた。
「ええ、こう見えておばあちゃん、まだまだ現役なのよ」
その瞬間、イヤホンから元同僚の田中の声が聞こえてきた。
「おい凛、まだ張り切ってるのか? そろそろ老人ホームに戻る時間じゃないのか?」
凛は、クスリと笑いながら返した。
「あら田中さん、あなたこそ、もう寝る時間じゃなくて? 老人ホームのお世話係さんに怒られちゃうわよ」
二人の軽口の応酬に、周囲の緊張が少しずつほぐれていく。
警部は、目の前で繰り広げられる光景に困惑しながらも、凛に尋ねた。
「一体、何が……?」
凛は深呼吸をし、静かに語り始めた。
「私は元特殊部隊員よ。今回の事件は、単なる誘拐ではなく、国際的な犯罪組織が絡んだ大規模なものだったの」
凛の言葉に、警部の目が大きく見開かれた。
「そんな……あなたが特殊部隊員だったなんて……」
凛は、微笑みながらも真剣な眼差しで続けた。
「年を重ねても、守るべきものは変わらないのよ。今回は孫を、そして国の安全を守るために立ち上がったってわけ」
警部は、凛の言葉に深く頷いた。その瞳には、驚きと共に深い敬意の色が浮かんでいた。
そのとき、翔太の父が駆け込んできた。
「義母さん! 翔太!」
彼は息を切らせながら、凛と翔太に駆け寄った。
「どうして……? どうやって……?」
言葉を詰まらせる息子に、凛は優しく微笑んだ。
「ごめんなさいね、今まで黙っていて。でも、家族を守るためなら、わたしは何だってするのよ」
凛の言葉に、義理の息子の目に涙が浮かんだ。それは、驚きと感謝、そして少しばかりの戸惑いが入り混じった複雑な思いの表れだった。
「お義母さん……ありがとう」
彼は震える声で言った。その瞬間、凛の心の中に温かいものが広がった。長年隠してきた過去を明かすことへの不安は、家族の愛情によって薄れていった。
翔太は、目を輝かせて凛を見上げた。
「おばあちゃん、すごいんだね! 僕のヒーローだよ!」
凛は、孫の無邪気な賞賛に胸が熱くなるのを感じた。彼女は、翔太の頭を優しく撫でながら言った。
「ヒーローなんかじゃないわ。ただのおばあちゃんよ。でも、大切な人を守る力は誰にでもあるの。それを忘れちゃだめよ」
その言葉に、周囲にいた全ての人が深く頷いた。
警部が凛に近づき、静かに言った。
「佐藤さん、あなたの活躍のおかげで、国際的な犯罪組織の一味を壊滅させることができました。本当にありがとうございます」
凛は謙虚に頭を下げた。
「いいえ、私一人の力じゃありません。仲間たちの協力があってこそです」
そう言いながら、凛は心の中で元同僚たちに感謝の念を送った。
イヤホンから、今度は冴木の声が聞こえてきた。
「凛、まだそんなところでポーズ決めてるの? 早く帰ってきなさいよ。あんたの特製クッキーが食べたいわ」
凛は、思わず笑みがこぼれた。
「あら冴木さん、そんなに私のクッキーが恋しかったの? でも、食べ過ぎるとその太いウエストがさらに太くなっちゃうわよ、まるで樫の木みたいに」
軽妙な会話を交わしながらも、凛の心は温かさで満たされていた。長年隠してきた過去、そして今も続く絆。それらすべてが、彼女の人生を豊かにしているのだと実感した。
凛は、家族と警察官たちに囲まれながら、静かに倉庫を後にした。外の新鮮な空気が、彼女の銀髪をそよがせる。
「さあ、帰りましょう」
凛は家族に向かって言った。その声には、これまでの緊張が解けた安堵と、新たな決意が滲んでいた。
「でも、その前に一つだけ言わせて」
凛は、にっこりと微笑んだ。
「特殊部隊も孫を守るおばあちゃんも、守るべきものはみな同じなのよ。それはね、愛する人たちの笑顔」
その言葉に、周囲の人々の顔に温かな笑みが広がった。凛は、再び平穏な日々が戻ってくることを確信しながら、家路についた。しかし、その瞳の奥には、今回の経験を通じて芽生えた新たな使命感が静かに燃えていた。
佐藤凛、70歳。彼女の第二の人生は、まだ始まったばかりだった。
(了)
【おばあちゃんアクション短編小説】ラストミッション:佐藤凛、古希の反撃 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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