後編

 「ボス!ジャックがやられたって……、アレンは?」


 息を切らしながらバンに駆けこんできたバートに、ウィリアムは不安を覚えた。


 「やられた!」バートははっきりと言った。


 「とりあえず出せ!この一角の反対側に回り込むんだ。そこから俺は路地に戻って、様子を見てからジャックとアレンを回収する!いいな?」


 「分かりましたボス。でも、二人は誰に……」


 「あの子だ!」


 小さな栗色の頭を、雑居ビルの壁からぴょこんと出して、少女が二人をじっと見つめていた。


 「なんなんですか、あれ?幽霊ですか!」


 「俺は知らん、とにかく出せ!」


 ウィリアムはアクセルを踏み込んだ。バンが走り出すのを見ていた少女は、とととと……、と小走りに二人の後を追っていた。が、車の速度には叶わず、バートがサイドミラーから見たときには、豆粒ほどになっていた。


 しばらく二人は少女を引きつけつつ、遠回りして反対側の通りに出た。


 「ウィリアム、お前は車をまた大通りの方に回せ。ジャックとアレンはあそこからの方が運びやすい。一か八か、運が良ければあの女の子に会わずに済む」


 「分かりました。ボス、きっと無事で……」


 バートは振り返ることなく、路地の中へと消えていった。


 一か八か、どうなるだろう。ウィリアムはバンを走らせながら、仕事が無事に終わるように祈った。頭の片隅では、このままバートを裏切って逃げることも考えていた。だが、それはできなかった。逃げのびたところで、待っているのは殺し屋失格の烙印であり、同業者による死刑執行だ。


 それに、バートの部下は全員、彼を好いていた。どんな職場であろうと、働きやすいのは結局、円満な人間関係による。バートはおっちょこちょいだが、人間味があって、ジョークが好きで、自分がいじられても笑い飛ばした。それに、仲間のことは決して見捨てなかった。


 ちなみに殺し屋バートの通称は[気遣い上手]という。


 「あんな上司、なかなかいねぇよな」




 * * *




 ウィリアムは約束通り、バンを元の場所に停めた。窓から、路地の方に目をやる。


 「ボス、無事でいてください」


 そう呟いたとき、路地の陰から、バートの姿が現れた。


 「ボス!よかった——」


 ウィリアムは異変に気が付いた。バートはジャックやアレンの死体を運んでいない、それどころか、脇腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。


 「ボスッ!」


 ウィリアムはドアを開けようとした。しかし、ドアの取っ手に手をかけるより先に、冷たく重たいものが後頭部に触れたのを感じた。


 「ドアは開けないで、そこでじっとしていなさい」


 女性の声、後部座席からだ。ウィリアムがそう判断すると同時に、かちり、と撃鉄の上がる音がした。自分は今、銃を突きつけられている。そう感じたウィリアムはドアから手を離した。


 「そう、それでオーケー」


 「いつの間に……、あんた、何者だ?」


 「さき程は、うちの子と一緒にかけっこしてくれたみたいね」


 「あの追いかけてきた子の、あんた、母親?」

 

 「そうよ」と母親は言った。そして、窓の外を見つめながら、

 「バートは、また、うちの子と遊んでいるようだけど」




 * * *




 いやぁ、参ったな。あの子、ちゃんと待ってたんだもんなぁ。バートはそう思いながら、不意を突かれて刺された傷口を押さえて、出血を防ごうとする。


 血は止められそうに無かった。意識が朦朧としてきた。


 「俺にもそろそろ、お迎えが——」


 少女はとどめを刺そうと、右手で柄を握り、左手を柄頭にそえて、「おうじょうせいやっ!」とバートに突進した。


 おりしも、日が地平線から昇り、青い空が寂れた郊外を照らし始めていた。清々しい朝だな、とバートは思った。普通に生きていたら、朝ごはんでも作っている時刻だろうか?独りで?いや、家族が欲しいな。バートはふと、そんなをしてみた。もしも、普通に生活していたら……————


 ——おい、もう朝だぞ。早く起きなさい。顔を洗って歯を磨いて、それから朝ごはんだ。今日はお前の好きなパンケーキだ。どうだ、朝からテンション上がっただろ!おい、いい加減に目を覚ましなさい。


 「パパのカタキッ!」と可愛らしい声が聞こえてきた。


「パパの、なんだって?」バートは辺りを見渡した。小さな、可愛い女の子がこちらに向かって走って来るのが見えた。


「ああ、俺か。俺はパパなんだ……」

 

 バートは両手を広げた。「おいで、パパが抱きしめてやる」


 「やあ!」


 少女はバートの胸に飛び込んだ。バートは思わず尻餅をついたが、ひしと少女を抱きとめた。


 柔らかくて小さな肩だ。栗色の髪からはシャンプーの香りがふわりと香った。少女はバートの胸に額をうずめたまま、くたばれぇ、とわめいていた。


 「ありがとう、お嬢ちゃん」


 静かな声だった。少女が顔を上げると、バートは朗らかな微笑みを浮かべていた。そうして息を引き取った。




 * * *




 「死ぬ前に、一つ聞いても良いっすか?」


 ウィリアムは自分の背後で銃を突きつけている女に聞いた。


 「何かしら?」


 「あんたら、殺し屋か?」


 「さあね」


 「どうして俺たちを?」


 「二つ聞いてるけど、まあいいわ、教えてあげる。私たちは、マンジェのお腹の中に用があったの」


 「お腹の中って……」


 「人喰いマンジェは、仕事自体はきっちりやったわ。彼の目標ターゲットはある企業の幹部でね。正義感があったのか、企業の不正取引が許せず、その証拠資料を持って逃亡した。外部の誰とも接触できず、徐々に追い詰められた目標ターゲットは資料のデータをマイクロチップに移して、それを飲み込んだの。『俺の墓を探せ』という遺言だけ残してね。そして、一か八か、マンジェと交渉に入った。マンジェに偽物のデータを渡して、時間を稼ぐつもりだった。ただ、自分を狙う殺し屋がまさか[人喰い]だなんて、誰も考えないでしょうね。マンジェは偽物のデータを受け取ると、すぐに彼を殺して、心置きなく死体の供養をしたってわけ」


 女は、はあ、と肉屋でひたすらチップを探した労力を思い出して、ため息をついた。


 「肉屋のどこにもなかった。考えられるとしたら、やつの胃袋の中よ。ところが、あんたたちときたら……」


 「何もかも、ごちゃ混ぜってわけっすか」


 「そうね。肉屋のミンチ機まで使って。こんな肉の塊に埋もれてしまったら、私の持っている探知機ではどうしようもないわ」


 「因果応報ってのが、うちのボスのスタイルなんすよ。ひとにはそれぞれ相応しい殺され方があるって」


 「とんだお節介ね。なにが[上手]バートよ」


 フッとウィリアムは思わず噴き出した。バートのおっちょこちょいなところが、最後の最後で顔を出したのが可笑しかったのだ。ハハハハッ、と笑いがこみ上げてきた。


 「何か変なこと言ったかしら?あなた、バートの余計なスタイルのせいで、依頼主を怒らせたの。殺されることになったのよ」


 それはどうだか、とウィリアムは思った。


 ——仕事を終えたと報告する前に、あの少女はジャックを殺しに来た。初めから、俺たちを消すつもりだったんじゃないかな。マイクロチップの情報は殺し屋の俺たちにまで内緒だった。ゆすりのネタになることを恐れたんだ。この女……。ま、今となっちゃどうでもいいや。


 短く笑った後、ウィリアムは女に向かって中指を立てた。


 「ざまぁないっすね。せいぜい、肉のにおいと油にまみれて探すことっすね、さん」




 * * *




 大通りをトボトボと歩く一人の少女。お気に入りの服が汚れてしまったのを気にしてか、うつむき加減である。


 「ローラ!」


 聞き覚えのある声が、自分の名を呼ぶ。少女はサッと顔を上げ、「マミー!」と明るく叫んだ。母親は、さきほど自分が追いかけたバンに乗って、運転席の窓から顔を出している。


 「ローラ、帰りましょ。ほら乗って」


 ローラはしかし、その場に立ち止まって、親の言いつけを守れなかった子供のように、シュンとしていた。


 「どうしたの?」


 「マミー、あのおじさん、パパのカタキってほんとう?」


 「もちろん!でもローラが頑張ってやっつけたでしょ?パパも天国で、ありがとう、って言ってる」


 ローラはニコッと笑って、バンに乗り込んだ。そして、後ろの方から臭ってくるポリ袋をじっと見つめて、

 「これなぁに?」


 「触っちゃ駄目、ばっちいから。さあ、帰ってお風呂入って、朝ごはんにしましょう」


 ごはんごはん!とローラははしゃいだ。


 母親はローラを見つめながら、そろそろ目標ターゲットをパパのカタキだ、と信じさせるのは難しいか、と考えていた。


 ——今回の襲撃で実践データは取れたけど、毎回、カタキが現れるのはあまりに不自然。そろそろ、自分が何者かって教えてあげてもいい頃かしら。


 「子供って、知らない間に大きくなるのね……」


 「マミー、どうしたの?」


 「ううん、何でもない。ねえローラ、朝ごはん何にする?」


 「うーんとね、パンケーキ!」


 








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可愛い殺し屋、あるいは想像による死 ファラドゥンガ @faraDunga4

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