可愛い殺し屋、あるいは想像による死

ファラドゥンガ

前編

 おかくごっ……



 人けの少ない郊外の、その大通りから入って毛細血管のように細かく分岐する狭い路地裏に、子供の甲高かんだかい声が響いた。H.バートは顔を上げ、声のする方を向いた。埃と落書きで汚れた建物に挟まれた、暗く陰った通路の奥に目を凝らす。


 二人の部下、ウィリアムとアレンも作業を止めて、薄暗い路地の方に目をやった。


「ボス、何だったんでしょう?」


「なんか気味悪いっすね」


「さあな、どこぞの小童ガキが戦隊ごっこでもしてんだろう」


 とはいえ時刻は午前5時頃だった。空はだんだんと明るくなってきたが、太陽は未だ地平線に眠っている、酔っ払いすら叫ぶことのない時間帯。子供の声などもってのほかである。


 不安に思ったバートは、見張り役のジャックを待機させている建物の屋上に懐中電灯を振った。屋上から白い照明がパッと光り、短く三回点滅、最後に長く点灯した。どうやら異常は無いらしい。


 バートは了解の合図を送り返し、

「問題ねぇようだが、そろそろ日が昇る頃だ。さっさと片付けちまおう」と部下を促した。


 二人の部下はそれぞれ白いポリ袋を両手に持って、せっせと大通りに運んでいく。路地の入口近くに停車したバンのバックドアを開け、手早く積み込んでいく。


 手持ちの袋を積み込みを終えると、ウィリアムは運転席に座った。アレンは路地に戻り、バートが建物から運び出した袋を両手に掴む。


「これで全部ですか」


「そうだ」


 アレンは両手に持った袋を見つめて、

「人喰いマンジェも、こうなっちゃ哀れなもんですね」


「仕事をきっちりする、真面目な奴だったな」


 殺し屋ジュール・マンジェ、通称[人喰い]は目標ターゲットを殺した後、その死体を喰った。彼は肉屋を営んでおり、肉を愛しており、食べることで殺した相手への供養としていた。


 そのマンジェが、とある依頼で目標ターゲットを見失った。よほどの重要人物だったらしく、失敗は死を意味した。死刑執行人としての依頼を受けたバートは、マンジェをミンチにした。肉屋にふさわしい最後だ、バートはそう思った。


「マンジェにとって、外せない依頼だったはずだが」


 バートは一息つこうと煙草に火を点けた。フッと、白い煙を吐き出し、革靴のつま先でポリ袋をつんと軽く蹴ると、


「こいつは外したんだ。それだけの話だよ」


 アレンはなぜか身をつまされる思いをして、背中をぶるっと震わせた。

「さっさと行きましょう。仏を成仏させてやらなくちゃ……」


「お前も喰うのか?」


「燃やすんですよ!灰にして、空に還します」


 二人は、バンを停めた大通りの方へと歩み出した。その時、


 じゃり、じゃり……


 背後で砂を踏むような足音が立った。路地の奥からだ。


 バートは驚いて拳銃を構え、「誰だ、出てこい!」と叫んだ。


 二人の前に歩み出たのは、見張り役のジャックだった。彼は見張りに徹するために、全身を黒い服装で覆っていた。そのため、明るみに出るまで、二人には認識できなかった。


「なんだ、ジャックじゃねえか」バートはホッとして構えた銃を下げた。


「いつの間に建物みはりだいから降りてきたんだ?まあ、いい。片付けもちょうど終わるところだ。さっさとバンに乗り込もう」


 ジャックは答えなかった。ただ、首に片手を当てて、ゆらゆらと身体を左右に振りながらバートに近づいてきた。


「……ジャック?」


 ジャックは喉からヒュウ、ヒュウ、と音を鳴らし、「か、か……」と必死で何事かを伝えようとしていた。そして、バートの目の前でドサっと倒れ伏した。


 バートは駆け寄り、瀕死のジャックを抱き起した。ジャックの身体は冷たく濡れていた。バートは自分の手のひらを見つめた。血が付いていた。よく見ると、ジャックが片手を当てている首から、血が漏れ続けている。


「おい、誰にやられた!」


「かっ」言葉を発しようとして、ジャックは咳き込んだ。ゴフッ、と喉に溜まっていた血を一斉に吐き出す。ヒュウ、と喉を空気が通った。


 ジャックは最後の力を振り絞り、バートの肩を掴んだ。


「ボス、か、可愛いやつ……」


 ジャックは力尽きた。バートは何故か頬を赤らめた。


「ボス!急ごう!」

 アレンの言葉で、バートは我に返った。


「こいつも回収するぞ。なにも現場に残したくない!」


「分かっています!」


 アレンは大通りまで急いで走り、バンに最後の袋を投げ入れた。その慌てふためく様子に、ウィリアムは「なんか、あったんすか?」と悠長な声で聞いた。


「ジャックがやられた!すぐに運んでくるから、お前はいつでも出せるようにしとけ!」


 ウィリアムは無言で頷き、固唾をのんでバックミラーからアレンの背中を見守った。




 * * *




 アレンはバートのもとに駆け足で戻った。バートはあれから一歩も動いていない様子。ただ、バートの目線が、再び路地の奥深くに向けられていた。


 アレンはじれったそうに、「早くしましょうよ!」と怒鳴った。


 「ちょっと待て」とバート。


 「なにがちょっと待てですか!急がないと…」


 「何かいる!」


 その時、とととと……、と小走りに小さな女の子が現れた。


 栗色の髪をオデコと肩のところで綺麗に切りそろえた、白シャツ、リボンとフリルの付いた赤いジャンパースカート、黒いエナメル靴を履いた、お人形のような姿。ニコニコ顔で、円らな瞳をバートの方に向けている。


 「なんだ!あの可愛いのは」


 「なんだ!あの可愛いのは、じゃないんですよ。今のうちに運びましょう。ジャックの足持ちますから、肩持ってください」


 アレンの言葉に目をハッと光らせた少女は、

 「おじさんたち、そのヒトのおしりあい?」と幼げな声をかけた。


 「ああ、そうだよ。このヒトはね、ちょっとお嬢ちゃんには見せられない姿なんだ。お願いだから俺たちに構わないで、親御さんの下へお行き」


 バートの願いとは裏腹に、少女はるんるんと近づいてきた。


 「こらっ!くそ小童ガキ!行けと言われたら行け!」

 アレンがドスの利いた声で脅しにかかる。


 少女はそれでも近づいてきた。


 「……ちょっと泣かせてやるか」


 アレンはジャックの足を地面に下ろし、その子を睨みつけるようにして、立ちはだかった。


 「こら待てアレン、そんな怖い顔するな。俺が追い払うから」とバート。


 「ボスはロリコンだからなぁ。信用できませんよ」とアレンは馬鹿にしたような顔で、バートの方を向いた。


 「子供好きと言え!」


 「何とでも言って……」


 「エイッ」


 少女が高く飛びあがり、アレンの上半身にしがみつき、ヒュン、と片手を横一線に振りぬいた。


 アレンの頭が地面に落ちた。


 バートは言葉を失った。アレンとは五年の付き合いだった。困難な依頼をともにくぐり抜けてきた仲間だ。


 そして今やハッキリとした。ジャックを刺したのも、この少女であると。


 「よくも……」


 少女に銃口を向ける。彼女は臆することなく、再び歩き出した。その子の手に、ギラリと光る刃が握られている。刃の短さから、脇差のようだ。


 「おかくごっ!」


 少女が走り出した。突然の素早い動きに翻弄されて、バートは狙いを定めることができず、二発放った銃弾は薄汚い壁に当たった。


 「やあ!」と飛びあがり、バートの頭に切っ先を向けた。


 「くそ!」


 やぶれかぶれにバートは撃ち続けた。銃弾の一つが刃にあたり、少女の姿勢は空中で崩れた。「わあ!」と驚き、そのまま、丸い頭を地面にぶつけた。


 「チャンス!」と銃を向け、バートは引き金を引いた。が、「カチッ、カチッ……」


「ちきしょう、弾切れか!」


 バートは、脱兎のごとく大通りまで駆け抜けた。


 「あの子は一体、何者なんだ……」

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