じゃんぷ

とうとうその場にうずくまって、女の子が嗚咽を上げて泣いていると、トン、トンと

いう小さな音が聞こえてきました。


一心不乱に目元を拭き、前をよく見ると、そこには女の子と同じように立ち止まって

いる人がいました。

相手がどんな人なのか見ようとしましたが、こんなに近くに居るように見えるのに、

霧がかかって表情までは見えません。


ただ、その黒い人影は地面を垂直に蹴り上げていました。

それを何回も何回も、飽きることなく、諦めることなく、ただただ繰り返していまし

た。


女の子は勇気を出して、どうしてジャンプしているかを恐る恐る尋ねました。

すると人影は以外にも愛想良く、「うえのせかい」が見たいからと答えたのです。

女の子は見えても行けもしないのに何故飛ぶのか聞きました。

人影は人間だから、と答えました。


女の子は、人影が何を言っているのか全く分かりません。


しばらくの間を置いて、人影が語り始めました。


「『生きる』というのは、何かに必死になって行動することなんだよ」


「それが人間だからだ。どれだけ無駄だったことでも過去として振り返って仕舞えば

良い思い出だ。人間に生きる目的なんていらない。今生きていて、息を吸って吐いて

いる事こそが僕らの存在証明さ。諦めちゃいけない。僕たちは生きているだけでも

う、主人公なんだ」


その時、世界が、女の子の世界が変わりました。


◆◇◆◇◆◇◆◇


相変わらず人影の顔は見えなかったけれど。

彼の言葉の尻には、確かに笑みが含まれていたように思えた。


私の目の中で、何かが光った。

私の胸の中で、何かが熱くなった。

身体に流れる血を、改めて実感する。


もう私の目に、涙は無かった。


霧が、晴れた。


私は一度、小さく跳ねてみた。

世界は何も変わらない。

でも、少し自分が変わった気がした。


その日、私はジャンプした。


上を向いて。

空を懸命に飛ぶ青い鳥を見て。

泳ぐように優雅に飛ぶ、白い鳥を見て。

何回も、何回も。


なぜかはよくわからないけれど、笑顔と涙が溢れて、大地に吸い込まれていった。




「私、今生きてる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャンプ yakuzin. @gyagyagya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ