こんな始まりの異世界恋愛も

真衣 優夢

第1話



いつの間にか眠っていたのだろうか。

スマホを持ったままの寝落ち。今に始まったことではないが、相手に申し訳ないな、と章一郎は思った。

体が痛い。ベッドから床に落ちたのだろうか。衝撃で目覚めないはずはないのだけれど。


寝ぼけた頭が最初に感じたのは嗅覚。

砂土の匂い。

……土の上で寝ている!?


がばっと体を起こすと、そこは、見たこともない荒野だった。

日本ではお目にかかれない…海外の観光地のような景色。

赤みがかった土が広がり、緑ひとつない山が遠くそびえる先は見えない。


「うぅん…」


自分以外の、しかも女性の声がして、章一郎は飛び上がった。比喩ではなく、2センチは浮いたと思う。

声の方向を振り返ると、女性が横たわっていた。

知らない人。見たこともない人。

眠っている?こんなところで?パジャマ姿だが、寒くないのだろうか。


「…あれ、寝ちゃってた」


女性はむくりと起き上がり、目をこすった。

章一郎と女性の目が合った。

とりたてて美しい訳ではないが、かわいさを感じる、好感の持てる顔立ちだった。


「ひゃ、え、きゃああ!?

ここどこ、まだ夢なの!?」


女性は悲鳴を上げてきょろきょろしている。

どうやら、自分と同じ心境のようだと章一郎は思った。

自分より狼狽える相手がいると、人間は冷静になれるものだ。


「あの…、はじめまして。

大丈夫ですか?寒くないですか?」


何が何だかわからないが、この状態の女性を放置はできない。

よく見ると彼女は裸足だ。これじゃ土の上を歩けないだろう。


「あー、さっきプレゼントしたアバターの靴下があればなあ」


馬鹿げたことを呟いてみる。

章一郎は、寝落ち前までマッチングアプリで盛り上がっていた。

サキ、という女性は、チャットだけとはいえ明るく朗らかで、何時間でも話していられる楽しい相手だった。

まだ、恋人とかそういうのは決められない段階だが、好感を持っていたのは事実。

アバターをプレゼントできるシステムがあり、白地に花柄の可愛い靴下を、ドキドキしながら彼女に送った。


「靴下…。白に、花模様の?」


女性が章一郎の独り言に反応した。

女性はくりっとした目を大きく見開き、章一郎をまじまじと見た。


「イチさん…ですか?」


「え」


イチ。章一郎がマッチングアプリで使っていた名前だ。

まさか。そんな。この女性は。


「……サキさん?」


「はい…」


ついさっきまで、画面越しに話していた相手のアプリネームを呼ぶと、彼女は小さく頷いた。


彼女が、サキさん?

サキさんが目の前に!?

いや、それよりも、ここはいったいどこだ!?

明日の出社には間に合うのか!?


混乱する頭を振りながら、章一郎は寝る前に羽織っていたジャージの上を脱いで、サキの肩に書けた。

無防備なパジャマ姿は寒そうであり…目のやり場に困る。


「ありがとうございます。

…ここ、どこでしょう」


「ごめん、俺も今起きて。全然状況がわかってなくて」


アプリではあんなに話していたのに、お互い、会話に詰まる。

仕方が無い。現実では初対面、…ここは現実なのか?


『 恋の庭を 探せ 』


章一郎の頭に、いきなり声が響いた。

サキもびくっと肩を揺らしている。同じ者が聞こえたらしい。


『 恋の庭に 赤い果実の樹木

 同じ実を分け合い 道は拓かれん 』


まるで予言のような、神託のような。

AIのような、音声アナウンスのような。

性別も解らない謎の声だった。


それきり、声は頭に聞こえてこない。


章一郎は立ち上がった。

体が砂埃だらけだ。

適当に払って、章一郎はサキに手を差し伸べた。


「よくわからないけど…。

聞こえたとおりに、やってみない?」


サキは一瞬戸惑った顔をしたが、きりっと眉を引き締め、章一郎の手を取った。


「やりましょう。赤い果実」


二人は立ち上がった。

すべてが未知のこの世界で、謎の声のヒントだけを頼りに。

着の身着のままで、それでも、探すことに決めた。


赤い果実を分け合えば、元の世界に戻れると、強く願いながら。



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こんな始まりの異世界恋愛も 真衣 優夢 @yurayurahituji

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