りんどうのおはなし

真衣 優夢

第1話


その可憐な花は、癒しを魅せる青紫に染まる乙女のよう。

なのに、竜胆、と無粋な字が当てられる。

すみれのごときそのたおやかさを、自ら否定するように。

それがなお、その花を凛とさせている。


その可憐な花は、もともとは薬。

とても苦いとされてついた名が、竜胆。

苦い、苦い、人を癒す花。

こんなに美しいのに、好かれることを自ら否定するような生き様。

甘い蜜の味がすれば、万人に愛されたかもしれないのに、この花はそれを自らに許さず。


その可憐な花は、晴天の日にしか咲けない。

太陽の光で暖められなければ、花弁を開けない。

強い名、苦い味を持つ花は、ひっそりと誰にも知られず弱く。

誇り高き姿を振り撒いても、太陽に愛されなければ笑えない。


「それが、おじいちゃんの初恋の人なの?」


高校生になる孫が、両肘をついて縁側で足をパタパタさせる。

制服のスカートが危ないからやめなさい。


「そうだよ。手の届かない女性で、最後までおじいちゃんの片想いだったなあ」


「だからって、孫娘に、初恋の人イメージの名前つけるってどうなのよ」


何かの課題だろう、自分の名について、を調べている孫娘は頬を膨らませている。

おじいちゃんの初恋が元ネタなんて恥ずかしいか。そうだな。すまん。


「りんは、りんだ。

おじいちゃんの想うあの人じゃない。

りんは、素敵な娘さんだ。

りんどうの花からもらった名、でいいじゃないか」


孫娘の頭を撫でる。

この子はあの日のあの人にまったく似ず、元気いっぱいな子に育った。

りんどうではなく、輪か燐なのだろう、この子は。


「私にもそのお話、じっくり聞かせていただけないかしら」


後ろの障子が音もなく開き、お茶を持った妻が笑っているのを振り返った私は、りんどうのような青紫色の血色と相成った。


終わり

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りんどうのおはなし 真衣 優夢 @yurayurahituji

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