星のなまえ
高橋桐矢
第1話
上も下も、前も横も、見えるかぎりすべて、まっくらな夜の中、その人はひとりで歩いていました。
一歩一歩、ゆっくりと数を数えながら。
歩くそばから、足あとが、くしゅっとちぢんで光りはじめ、小さな星になります。その人は足あとから生まれる星の数を、数えているのです。
ところが、こまったことがおきました。
「92億8612万677……8だったかな? それとも9だったかな?」
うっかり数を忘れてしまって、足がおろせなくなってしまったのです。
なにか手がかりがあるかと、片足のまま、後ろをそっと、ふりかえってみました。
おぼえていないくらい昔から今まで、その人が後ろをふりかえったのは、はじめてのことでした。
思わず、目を見開きました。
その人の後ろには、数えきれないくらいの、たくさんの星がまぶしくかがやいていました。
赤い星もありました。
白い星もありました。
緑色の星もありました。
星はそれぞれちがった色と、ちがった光で、またたいているのでした。
「どこがはじめで、どこが終わりかわからないぞ」
頭をかかえたひょうしに、足をおろしてしまいました。
すると、足の下で、くしゅっとまるまった星が、ぼうっと光りだしました。
足あとは、レモン色の星になりました。
「きみは、何番目の星なんだい?」
おぼえていないくらい昔から今まで、その人が星に話しかけたのは、これがはじめてでした。
生まれたばかりのレモン色の星は、小さな声で、こたえました。
「わかりません」
星の声を聞いたのも、やっぱり、これがはじめてでした。
その人は、ためいきをつきました。
すると、レモン色の星が、さっきより少し、大きな声でいいました。
「ぼく、今、生まれたばかりだから、一番目です」
その人は、びっくりして思わず、もう一歩、ふみだしてしまいました。すぐに足の下がまた、光りだしました。
そうっと、足をもちあげてみました。
今度は足あとから、青い星が生まれてきました。
「それじゃあ、きみは、何番目なのかね?」
「わたしは、一番目です」
青い星は、こたえて、とくいげにくるりと回ります。
「だって、たった今、生まれたばかりなんです」
その人は、こまってしまいました。
「これでは、区別がつかない」
レモン色の星や、青い星を、1番にすることはできません。おぼえていないくらい昔の遠くに、1番目の星が、今でも、光っているはずだからです。
「どうすればいいのだろう」
レモン色の星が、はずかしそうにいいました。
「ぼくの名前なら、しっています」
「きみの名前?」
レモン色の星は、ぱちぱちとはじけながらこたえました。
「ぼく、『ひかり』っていうんです」
「きみは、ひかり。……そうか!」
その人は、うなずいてわらいました。
おぼえていないくらい昔から、その人が、わらったのは、はじめてのことでした。
次に、青い星にたずねます。
「きみの名前は、なんていうんだね?」
生まれたばかりの、青い星は、びっくりしたように、まばたきをしてから、こたえました。
「わたしは、『ちきゅう』っていいます」
「きみは、ちきゅう」
生まれてはじめて名前をよばれた、ちきゅうは、くすぐったそうに、わらいました。
ひかりも、わらいました。
その人も、わらいました。
数えきれないくらいたくさんの星々も、わらいました。まっくらで静かな夜に、星々のわらい声が、くすくすと、はじけてころがっていきました。
その人は、それからはもう、歩きながら数をかぞえなくても、よくなりました。
足もとから、次々に生まれてくる星たちは、みんなそれぞれにすてきな名前をもっていたからです。
(おわり)
星のなまえ 高橋桐矢 @kiriya_t
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