第4話 ― 本当の絆 ―
悠斗は涼音と過ごす時間を大切にしながらも、前世の記憶に囚われないよう、自分自身に言い聞かせていた。未央の言葉が彼の中で大きな支えとなり、今の涼音を理解し、向き合うことに専念しようと決意を固めたのだ。
しかし、その一方で、涼音自身もまた、何かしらの違和感を抱いているようだった。夢に現れる見知らぬ風景や、懐かしい感情の片鱗。それが何なのか、彼女はまだはっきりとはつかめていなかったが、悠斗との関係がその答えに近づく鍵であることは、漠然と感じていた。
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ある日、放課後に涼音から「話したいことがある」と声をかけられた。悠斗は少し緊張しながら、校舎裏に向かう。そこは二人がよく話す、桜の木のある静かな場所だった。
涼音はベンチに座り、空を見上げていた。悠斗が近づくと、彼女は優しく微笑んで「来てくれてありがとう」と言ったが、その表情にはどこか寂しさが漂っていた。
「実は、ずっと悩んでたことがあって…」
涼音は少し迷いながら、言葉を選んでいた。悠斗は彼女の隣に座り、静かに話を聞くことにした。
「最近ね、ずっと夢を見るの。昔のことみたいなんだけど、私はその時の自分じゃなくて、別の誰かみたいに感じるの。だけど、その夢の中の私はすごく幸せそうで、誰かと一緒に桜を見てるんだ」
その言葉に、悠斗の胸がざわついた。涼音が見ている夢は、確実に前世の記憶に繋がっているのだと確信したからだ。しかし、彼は自分の気持ちを抑え、冷静に言葉を返すことにした。
「それって、もしかして…誰か大切な人だったのかもしれないね。涼音、君はその人が誰なのか、分かる?」
涼音は少し俯き、かすかに首を振った。「分からないの。でも、その人のことを思い出したいって気持ちが、最近強くなってきたんだ。それが、悠斗君と話してる時に特に感じるの。どうしてなのか、自分でも分からないんだけど…」
悠斗は彼女の言葉に一瞬息を飲んだ。涼音もまた、無意識のうちに前世の絆を感じ取っているのかもしれない。しかし、彼はまだ彼女に全てを打ち明ける決心がつかず、代わりにこう言った。
「俺も似たような感覚があるんだよね。涼音と一緒にいると、何かすごく懐かしい気持ちになるんだ。前に会ったことがあるみたいな、そんな気持ち」
涼音は少し驚いたように悠斗を見つめた。「悠斗君も、同じことを感じてたんだね…。やっぱり、私たちって、前に会ったことがあるのかな」
その瞬間、悠斗は決心した。前世の記憶がどうであれ、今の涼音を信じて、自分の本当の気持ちを伝える時が来たのだ。
「涼音、実は俺…君に言わなきゃいけないことがあるんだ」
悠斗は深く息を吸い、少し緊張しながら話し始めた。
「実は、俺には前世の記憶があるんだ。信じられないかもしれないけど、前世で俺には『妻』がいたんだ。そして、その妻は…君なんだ。涼音、君こそが俺の前世での大切な人だった」
その言葉を聞いた涼音は、目を見開き、一瞬言葉を失った。風が吹き、桜の花びらが二人の間を舞い散る。その静けさの中で、悠斗はじっと涼音の反応を待った。
「…本当に、私が…?」
涼音は困惑したように呟いた。彼女は悠斗の言葉を消化しようとしていたが、突然の告白にどう反応していいか分からない様子だった。
「そうなんだ。信じてもらえなくてもいい。でも、俺は涼音のことをずっと探してたんだ。今の君を知って、もっと大切にしたいと思うようになった。前世のことじゃなくて、今の君を」
悠斗は真剣な表情で涼音を見つめた。彼はもう前世のことに固執していなかった。ただ、今目の前にいる涼音を大切にしたいという純粋な気持ちが溢れていた。
涼音はしばらく沈黙した後、ふっと微笑んだ。
「悠斗君がそんなふうに思ってくれてるなんて、なんだか不思議だね。でも、ありがとう。私は…前世のことは分からないけど、今こうして悠斗君と一緒にいることが、とても心地いいんだ。だから、これからも一緒に過ごせるなら、嬉しいな」
その言葉に、悠斗の胸はじんわりと温かくなった。前世の記憶がどうであれ、今の涼音と築く新しい絆こそが大切だということに、彼は改めて気づかされた。
二人は桜の木の下でしばらく静かに過ごし、やがて日が沈み始めた。夕暮れの柔らかな光が差し込む中、悠斗は涼音に微笑んで言った。
「これからも、よろしくな」
「うん、よろしくね」
二人は笑い合い、未来への一歩を共に踏み出した。
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それからの日々、悠斗と涼音の関係はさらに深まり、二人はかけがえのない友人であり、互いを大切に思う存在となっていった。前世の記憶はもはや彼らを縛るものではなく、新たな絆を築くための出発点となった。
未央もまた、そんな二人を温かく見守りながら、彼女自身の気持ちと向き合い始めていた。いつか自分もまた、本当の気持ちを伝えられる日が来るかもしれない――そう思いながら。
悠斗にとって前世は重要な一部であったが、今を生きる大切さを学び、そして成長していく物語がこうして幕を閉じた。しかし、それは同時に新しい物語の始まりでもあった。これからの彼らがどんな未来を切り拓いていくのか、それはまだ誰にも分からない。
終わり
桜の記憶、今を生きる君へ 大地の恵み-(氷堂杏)- @Daichi3969
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