第3話― すれ違う想い ―

 悠斗は未央の助言を胸に、涼音と過ごす時間を大切にしようと心に決めた。前世の記憶を探ることではなく、今の涼音との絆を育むことに意識を向け始めたのだ。しかし、それは言うほど簡単なことではなかった。


 涼音との時間を楽しみながらも、ふとした瞬間に悠斗の頭に浮かんでくるのは、どうしても前世の記憶だった。涼音と笑い合っている時も、彼女が無邪気に話しかけてくる時も、前世で彼女と過ごした瞬間が重なって見える。前世の彼女と今の涼音を区別することが、次第に難しくなっていった。


「前世と今世は別物だ」


 そう自分に言い聞かせながらも、悠斗の心はしだいに混乱していった。


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 そんなある日の放課後、悠斗と涼音は偶然、校舎の中庭で顔を合わせた。涼音は一人でベンチに座り、何かを考え込んでいるようだった。悠斗は彼女の様子を見て、少し気になり声をかけた。


「藤崎さん、どうしたの?」


「…あ、悠斗君。ちょっと、考え事してただけ」


 涼音ははにかんで笑ったが、その笑顔にはどこか影があった。


「何か悩んでるの?」


 悠斗がさらに問いかけると、涼音は少し迷った様子で話し始めた。


「実はね、最近ずっと、何かが引っかかってる感じがするの。何かを忘れてるような…大切なことを、ずっと思い出せなくて、心がモヤモヤするんだ」


 その言葉に、悠斗は一瞬心臓が跳ね上がった。まさか、彼女も前世の記憶が蘇り始めているのではないかという期待が頭をよぎる。しかし、涼音はそのままこう続けた。


「でも、何を思い出そうとしてるのか、全然分からないんだ。ただ、最近夢でよく知らない場所に行ってるの。見たこともない景色なのに、すごく懐かしい気持ちになるの。変だよね?」


「夢で…懐かしい場所?」


 悠斗はその言葉に興味を引かれた。夢の中で涼音が見ている風景、それがもしかしたら前世の記憶と関係しているのかもしれない。しかし、どう切り出していいか分からず、しばらく黙り込んでしまった。


「悠斗君?何か変だったかな」


「いや、全然そんなことないよ。ただ…俺も同じような経験をしてるんだ。最近、知らないはずの記憶が頭の中に浮かんでくることがあるんだよね」


 悠斗は意を決して、前世の記憶について涼音に少しだけ打ち明けることにした。前世という言葉を使わずに、あくまで「知らない記憶」として話したが、涼音は真剣な表情で聞いていた。


「それって、すごく不思議だね。もしかしたら、私たち…何か関係があるのかな」


 涼音がそう呟いた瞬間、悠斗の心は大きく揺れた。彼女も同じように感じているのだろうか。しかし、前世の記憶を持たない彼女に対して、それを強く押し付けることはできない。


 悠斗は涼音を見つめながら、複雑な感情が胸の中で渦巻くのを感じていた。


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 その夜、悠斗はベッドに横たわりながら、一日の出来事を反芻していた。涼音が「何かを忘れている」と感じていることが、悠斗には引っかかっていた。彼女が前世の記憶を取り戻しつつあるのか、それとも単なる夢なのか。その答えは分からないままだ。


 しかし、悠斗にはもう一つ別の悩みが生まれていた。それは、涼音に対して自分がどういう感情を抱いているのかということだ。


 前世の記憶が蘇ってからというもの、悠斗は涼音を「妻」として意識し続けてきた。しかし、今の涼音は前世の彼女とは違う存在だ。彼女は涼音として、この世界で生きている。彼女を前世の「妻」として見続けることが正しいのか、それとも今の涼音として接するべきなのか、悠斗は自問し続けていた。


 そんな時、スマホが振動し、未央からのメッセージが届いた。


「明日、ちょっと話があるんだけど、放課後時間ある?」


 未央からの突然のメッセージに、悠斗は少し戸惑った。だが、彼女に相談するのも悪くないと考え、すぐに「大丈夫だよ」と返事を送った。


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 翌日、放課後の校舎裏で、悠斗は未央と向き合っていた。未央は普段の明るい表情とは少し違い、真剣な眼差しで悠斗を見つめていた。


「悠斗、最近藤崎さんとよく話してるよね」


「うん、まあ…。彼女とは、なんか不思議な縁を感じるんだ」


 悠斗が曖昧に答えると、未央は一瞬視線を落とし、深呼吸してから口を開いた。


「私、実はずっと気になってたことがあるの。悠斗が藤崎さんに対してどういう気持ちで接してるのか、分からなくて…。だって、前世の記憶のことがあるから」


 悠斗は驚いて未央を見つめた。彼女は悠斗の葛藤をよく理解していたのだ。


「前世の記憶があるのは分かるけど、今を生きてるのは私たちなんだよね。涼音ちゃんだって、今の彼女として生きてる。それを忘れないでほしい」


 未央の言葉には、どこか切実さが込められていた。悠斗はしばらく何も言えなかった。前世の記憶に縛られ、今の涼音を見失っていた自分に気づかされたのだ。


「…ありがとう、未央。確かにそうだな。俺、前世のことにこだわりすぎてたのかもしれない」


「悠斗が幸せになれることを、私は願ってるよ」


 未央のその言葉には、何か重い感情が含まれているように感じたが、悠斗はそれ以上深く問いただすことはなかった。


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 悠斗はその夜、再び涼音のことを考えた。前世の彼女を探している自分が、今の涼音に対してどう向き合うべきなのか。それを見失わないようにしなければならないと、強く自分に言い聞かせた。


 前世の記憶に囚われるのではなく、今の彼女としての涼音を知り、彼女と向き合うこと。それが、自分にとっても彼女にとっても、最善の道だと信じ始めていた。


 そして、悠斗は新たな一歩を踏み出す決意を固めた。

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