冒涜のマリア

白川津 中々

 粗相後ケツの穴が痛てぇと思ったら大量出血しており便器が赤く染まっていた。




「あっちゃぁまずいぞこりゃあ」




 普段怪我や病気などしても寝とけば治るの精神で病院には極力通わないようにしていたのだが肛門からの出血など初体験だった。恐らく痔だろうがまったく知見のない症状を前に慄き何年ぶりかの医者にかかったのだが、診察の結果に衝撃を受けた。




「あ、おめでたですね」


「は?」




 なに言ってんだ。バカ張り倒すぞという罵声をグッと呑み込む。そんなお前、ボディービルダーや俳優やってた元州知事じゃないんだから。




「男性のここ、みぞおちの横辺りには子供ができるスペースがあってですね。妊娠すると肛門と繋がって出産できるようになるんです。その際腸が開いて、おしりにも刺激がいくんですよね。それで血が出ちゃうんです」


「いやいや。構造的な話はいいんですけど、僕、身に覚えないですよ?」


「最近、プールとか行きました? それか温泉とか、サウナとか」


「えぇ、まぁ……」


「たまにあるんですよ。他人が出した精子がお尻から吸収されて妊娠しちゃうケースが」


「ちょっと待て。子宮も卵子もないのにどうやって妊娠するんですか。だいたい染色体の問題だってあるでしょう」


「そこは生命の神秘ですよね。精子の流入が確認されるとね。自然と必要な器官ができるんですよ」


「馬鹿な。だったらゲイの連中は今頃皆子沢山じゃないですか」


「そこが不思議なんですよねぇ……」


「不思議で済むか! そんな事例聞いた事がないぞ!」


「まぁ稀ですし、こんな時代ですからね。色々配慮した結果でしょう。ほら、コンプライアンス的な」


「コンプラ意識が皆無だった時代にだってゲイはいただろ。その時代はどうだったんだよ」


「さぁ。生憎と歴史は専門外なもので」


「……このやろう!」




 医者を殴って強制退去。収まらぬ怒りを無理やり抑え別の病院に行ったがやはり同じ診断。マジかよと思いながら途方もなく毎日を暮らしていると横腹が徐々に膨らんできた。そのうちに吐き気やめまい、腹痛、精神均衡の崩れが分単位で襲ってくるようになり、ケツ穴からは常に血が出てくるからおむつまで装備しなきゃいかん始末(生理用品を買おうと思ったがさすがに躊躇われた)。仕事も覚束なくなり止む無く自主休職。無論産休などない。仕方がないので出産準備にあたり母子手帳も手に入れた。マタニティライフの開始である。




「順調に育ってますね。シングルファザーでおまけに女の子ですから大変でしょうけど、頑張ってくださいね」




 エコー審査で性別も分かった。女が生まれる。どこの馬の骨とも分からん男の遺伝子を持った女はどんな面してケツから放り出てくるんだろうと想像すると少しだけ笑えてくる。




「名前、どうしようかな」




 でかくなった腹をさすりながらそんな事を呟く。端からみたらやべぇ奴だ。しかし、実際やばい。戸籍、福祉、手当、教育、人生。考えなくてはいけない事は山ほどに積みあがっている。どう処理する、どう解決する。解決の糸口は見つからない。




「……痛てぇ」




 コンビニで買ったレモンジュースが口内炎に沁みる。同時に、子供が腹を蹴ってくる。未婚の父子家庭。ゾッとしないコピーだが、それでも一緒に生きていかなくてはいけないだろう。




 ともかく全部、出産してからだな。




 不安な気持ちと同時に不思議な希望もあった。母親というのは、みんなこんな心境なのかもしれない。まだ見ぬ、名前さえ決まらない子供が宿る腹をさすると、なんとなくだが、幸せな気がした。




 処女懐妊だしマリアとでも名付けるか。ケツだけど。




 宗教的にアウト気味なジョーク。誰かに言いたいが、聞かせる相手はいない。妊娠6ヵ月。これからは一人の戦い。頑張るぞという決意を胸に出産を控え、子を想う。

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