第五話 深まる絆

5ー1「水に囲まれた村」

 時刻は午後三時。

 道中色々あったが、僕たちはようやく村に辿り着いた。

 二つしかない村への入り口の一つ、水堀に掛けられている北の橋を渡る。

 その際、隣にいたはずのヒャリナの姿が見えなくなったことに気付き振り向くと、少し後ろで彼女は村の中を見て足が竦んでいた。


「……大丈夫か?」


 心配になった僕が声をかけると、ヒャリナは意を決したように、というより、強がっているように返事をした。

 

「……ええ、問題ないわ。行きましょう」


 北の橋から南の橋まで一直線に伸びている石畳の大通りをチヨハに言われるがまま前進する。

 いつの間にかフードを深くかぶっていたヒャリナは、用心するようにあちこち視線を彷徨わせている。

 けれども。

 道中すれ違ったり見かけたりするこの村の住民たちは、老若男女問わず僕たちに不審な目を向けるどころか、そもそもこちらに興味すら持っていないようにも見えた。

 いくら小さな村で見ず知らずの人が歩いていても、実際はそんなものなのかもしれない。


「むにゃむにゃ……ミィもそろそろ起きないと……」


 道中、未だチヨハに抱きかかえられているミミィルが朦朧とした意識の中呟いた。


「さっき剣になった反動で眠たいんだろ? なら、体力回復の為にももう少しだけ寝といていいぜ」


「でも……」


 ミミィルの目は閉じているにほぼ等しい状態だ。

 そんな中、僕は何か覚悟を決めたように言った。

 

「大丈夫、僕に任してくれ」



 ○



「パパー! お友達連れてきたー!」


 そう言って玄関から家の中に駆けて行ったチヨハの声なんて耳にも入らず、僕とヒャリナは門扉の前でその建造物を見て只々呆然としていた。


「おいおいここって……」


 植木の垣根に囲まれた、周りと比べて少しだけ大きい木造の建物。

 それを見てヒャリナは呆気にとられたように言う。


「私が昔住んでた……家……」


 そう。

 ここは――レレーフォル家の屋敷だった。

 ということはチヨハはもしかして――

 それと実際に足を運んだことで思い出したのだが、この場所は廃村と化した現代で僕がお邪魔した廃屋でもあった。


「うん? どうしたのですチヨハ。あなたがお友達を連れてくるなんて珍しい」


「この人たちは森でわたしを助けてくれたの!」


 チヨハに腕を引っ張られながら玄関まで連れてこられた人物は、四十代前半くらいの男だった。

 筋肉質で壮健さを醸し出している男の髪は、チヨハと同じ茶髪。

 糸目でちょび髭が特徴的な顔は、柔和で優しそうな雰囲気がした。


「助けてくれた?」


 男はきょとんと疑問を発すると同時に、僕たちを視認した。


「おお、これはこれはチヨハのご友人の方々、こんにちは。わたしはチヨハの父、デセンダンツ ・ディーセン・エドル・と申します」


「あ、ああ。僕の名前はアトタ。それで、こっちの彼女がヒャリナだ」


 僕が手でヒャリナを指し示すと、彼女は気まずそうに軽く会釈をした。

 その時、チヨハの元で熟睡しているミミィルが、誰か……教えてミル……、と小さく寝言を呟いた。


「おおなんと、人語を扱う兎とは珍しい」


 それに気が付いた男は目を見開いたものの想像より反応は薄く、本当にただ、驚いた、程度だった。

 さらに言えば既に男は平常心を取り戻したようで、僕たちに対する興味も平等なものになっている。


「ささ、こんなところではなんですので、どうぞお上がりください」


 気さくに言いながら家の中に入っていく男の背中を見ながら僕は声を漏らす。


「今のおっさん……」


「? あなた、今の人知っているの?」


「……いや、何でもない。行こう」


 その男――デセンダンツ ・ディーセン・エドル・レレーフォルは、《記憶》で見た元の未来――今から半日後に建物の下敷きになっていた男だった。

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レレーフォルの雨上がり ふみ太 @fumita_syosetu

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