4ー5「道すがら」

「ったく、まさか急に雨が降ってくるとはなあ。そのせいで少しだけ時間を取られちまったぜ」


「うう、まだちょっと濡れてるミル……」


 歩みを進める僕の肩ではミミィルが濡れた毛皮をできるだけ早く乾かそうと体をブルブル震わせている。


「おいそれ止めろってば。僕に水が飛び散ってきてるんだよ」


 あの後、ドドヴァルを倒してから。

 僕たちは依然として村へと足を動かしていた――のだが。

 その際、突然辺りが曇り、大雨が降ってきたのだ。

 すぐさま樹木の陰で雨宿りをした末、五分ほどで雨は止んで快晴の青空に戻ってくれたものの、全身毛皮のミミィルだけは未だに濡れた身体が乾いていない――というわけだ。

 

 僕たちの会話を聞いていたヒャリナは呆れたように言う。


「さっきのは《レダミーサ》よ。この時期特有の突然降って突然止む大雨ね。はあ、しょうがないわね、これで拭きなさい」


 ポケットから出てきたをハンカチをヒャリナから受け取って、そのまま肩を落としているミミィルに「ほらよ」と手渡す。

 「ありがとうミル……」と呟いて毛皮を拭き始めたミミィルを見て、


「あはは、兎さんお人形みたいでかわいいー!」


 チヨハは無邪気に笑う。


「もう少しで村に着くはずよ」


 ヒャリナが言った。

 それを聞いたチヨハはご機嫌のようだった。


「ヒャリナお姉ちゃん明日来てくれる約束してたのに、もう今日すぐに来てくれることになったんだね! 嬉しいなあー!」


「そうミルか。そういえば二人が村で会う約束をしたのはついさっきの出来事だったミルね」


 ミミィルが思い出したように呟いた。

 そのまま話題を変えるように訊く。


「ヒャリナはこの島のこと、どれくらいまで知っているミルか?」


「基本あの山に籠っていたから、その辺の情報はずっと昔で止まっているわ。きっとチヨハの方が詳しいはずよ」


 会話を聞いていたチヨハが口を挟む。


「今みんなで島の東に新しい村を作ろうとしてるってパパが言ってたよー!」


「へえ、そうなのか――」


 と――その時。

 僕の視界にとある景色が見えてきた。


「お」


 畑や田んぼ、牧場、和風で木造の民家が数多く点在するそこは――そう、この島唯一の『村』だった。

 その土地を円形に近い形で囲っている『水堀』の北と南にはそれぞれ同じ長さ十メートル程の木橋が掛けられおり、その下の透き通った水には魚が泳いでいる。

 僕が実際にこの目で見た三百年後の『廃村』といった感じは微塵もなく、むしろ平和でのどかな雰囲気の場所だった。


「良かった、まだ村は無事みたいだな」


「うん、そのようミルね」


 元々ミミィルが想定していた通りだが、やはり実見すると安堵する。


「それで、これからどうするの?」


 恐らく僕に訊いてきたのだろうヒャリナの問いに、チヨハが目をキラキラさせて答える。


「ヒャリナお姉ちゃんもアトタお兄ちゃんも兎さんもわたしのお家においでよー!」


「よし、そうだな。まあひとまずはチヨハを家まで送り届けるとするか」


「了解ミル! よーしじゃあ張り切ってレッツ――ふぁ~ぁぁ……。《ウヨリンサ》に成ったの久々だったせいで……何だか眠くなってきたミル……」


 ミミィルが元気よく声を出したと思ったら、突然ぐったりしてしまった。

 それに気付いていない様子のチヨハが、僕の肩に手を伸ばしてくる。


「あ、兎さんの毛もふもふに戻ってる! 触らせてー!」


「こ、こらぁ~……勝手に触るなミルぅ……」


 一方僕の肩ではミミィルが溶けたような声で、控えめに腕をぶんぶん振っている。

 怒っているつもりのようだが、全く怖くない。

 そんな様子を見ていた僕はわざとらしく言った。


「アーこんなところに珍しい形の石ガー」


「ア、アトタぁ……しゃがまなくていいミルからぁぁ……」


 未だ伸ばしているチヨハの手が僕の肩に届くくらいまで屈むと、ミミィルはチヨハに捕獲された。

 人形みたいに両腕で兎を抱きかかえて頬擦りしているチヨハと、すでに寝てしまったようでグーグー寝息を立てているミミィル。

 まあ僕の肩だとミミィルは寝ることが出来ないし、これで良いだろう――と、心の中で思っていると。

 すぐ近くから、ふふふ、といった声を僕の耳が捉えた。

 ミミィルは勿論チヨハもそれに気付いていないようだったので、僕はこっそり声の聞こえた方に視線を向けた。

 そこではヒャリナが、ほんの少し忍び笑いを浮かべていた。

 ドドヴァルを倒して以来、僕への警戒心が多少は薄れたのか、たまに言葉を交わしてくれるようになったヒャリナ。

 だが、彼女は基本つんとした表情をしているので、このように表情を緩めているところを見るのは初めてだった。



 僕はそれが、何だか嬉しかった。

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