蛇足 或る小公爵夫人のお茶会

 私が前世の記憶を思い出した時期ですか?結構幼い頃でしたよ。

 前世は所謂毒親育ちで、働いても働いてもお金は吸い上げられ、自分の物は何一つなく、ひたすら息を殺すだけの生活でした。

 最期はよく覚えてませんが、どうせなら親に迷惑が掛かる形で死ねなかったかなーと性格の悪い事を思ってしまう位には親に恵まれておりませんでしたね。


 そんな事を考えたから神様の罰が当たったのか、こちらに生まれ転生して早々産みの親に捨てられたみたいで。

 魔の森に襤褸一枚で放置されていたそうですわ。あんな狂暴な生き物が跋扈する森に放置するなんて、殺意が高すぎだと思いません?


 で、転生早々捨てられたのを流石に神様も憐れに思ったのか、そこに救世主を遣わしてくれたのです。


 それが、この家のご当主様、ロットバルト公爵様ですわ。

 公爵様は魔の森にいる狂暴な生き物を間引いたり、魔の森から出てきた生き物を討伐したりする為、ゴリゴリに鍛えたお身体をしておりますの。

 それに隻眼の原因でもある、若りし頃に狂暴生物の爪に付けられた傷が顔にあるせいか、周囲の人には恐ろしい人物に見えるみたいで……。

 私から見れば、魔の森に捨てられていたところを拾ってくださった命の恩人ですし、養い子時代も、公爵様のご子息のクラウス様と結婚して義娘になった後も、『公爵様』ってお呼びすると厳つい顔をしょぼんとさせて、『お義父様』と呼んでおくれと強請る、とても素敵で可愛らしい方ですわ。

 え? 勿論クラウス様も素敵ですわよ? もう、お義父様にまでヤキモチやかないでくださいませ。


 そんな見た目はゴツいですけれど、優しいお心をお持ちのお義父様と、そんなお義父様と相思相愛、むしろ押し掛け嫁(しかも当時は幼な妻)されたらしい公爵夫人お義母様、そのお二人の間に生まれたクラウス様と妹御のマリア様はとても家族仲がよろしくて。

 何でも、先祖に白鳥しらとりの魔女様の血族がいらっしゃるという言い伝えが残っているらしく。

 白鳥しらとりの魔女様は、白鳥の如く家族の、夫婦の絆を大事にする方ですもの。その血が流れているロットバルト家は代々家族仲も、夫婦仲もよろしいんですの。

 え? このお話は事実なんですの? あらまぁ、魔女様の五番目のご子息様が公爵家の初代様なんですのね!

 でしたら魔女様にとってもこの家はご実家のようなものですわね!


 とまぁ、そのようなご家族の絆がお強いお家に血のつながらない私がいてもいいのかと悩んだこともございますが、そう申し上げるとご家族皆様でしょぼんとしたお顔をされるので、いっそ開き直って甘えさせていただきました。もちろん礼儀作法や勉強などは厳しく躾けられましたけど、折に触れ甘やかされ、愛情を注がれるこの状況は、前世でも得られなかった親の、家族の情にざぶざぶと溺れさせられてとても嬉しくて、心地よかったですわ。もちろん私からもお気持ちをお返ししたのは言うまでもありません。


 そんな状況でクラウス様と想いを通わせるのも当然で……。

 元は身元不明の捨て子ですし、流石に反対されると思い気持ちに蓋をしつつ涙で枕を濡らす日々でした。

 でもこのままではいけないと一念発起して、独り立ちを目指したところ、クラウス様が夜部屋にいらして……そのまま……。

 お手付きとなったとしても精々妾がいいところかと思っていたところ、お手付きの件を知ったご家族皆様が激怒されて……。

 いえ、私に怒ったのではなく、日陰の身だと私に思わせたクラウス様に……。お義父様とクラウス様の大喧嘩は、今でも語り草になってしまいました。何せ騎士達の為の訓練場が半壊いたしまして……。怒ったお義母様がお二人に大変な剣幕でお説教されておりましたわ。

 で、ひとしきり拳を合わせられた後、お義父様を始めご家族の皆様にクラウス様とのご結婚を諸手を挙げて賛成されまして。

 気づけば公爵様の弟様のお家に養子縁組され、そちらから嫁入りという形でクラウス様の妻になっておりました。

 え? 白鳥しらとりの血を引く者が番を逃すわけがない?

 なるほど、そういうものなのでございますね。


 で、話を戻して前世の記憶ですが……。

 正直当初はこの異世界が何処なのかわかりませんでしたし、わからなくても不都合はございませんでしたので、最近ではあまり思い出すこともなくなっておりました。

 まぁ、私の名前がオディールで、公爵様の家名がロットバルトだった事に思うところがない訳ではなかったのですが……。

 でもあのお話の中では、ロットバルトは正真正銘の悪魔人外ですし、オディールはロットバルトの実娘でしたし……。まぁ、そもそも悪魔に子供という概念があったのかも甚だ疑問ですが。


 例えお義父様がその物語の人物と同じだったとしても、どこぞのお姫様を意味なく呪うとも思えませんし。

 そもそも私にクラウス様以外の人を誘惑する気もございませんでしたしね。

 え? それならいつでも大歓迎? ……もう、クラウス様ったら。お客様の前でそんなことをおっしゃらないでくださいませ。


 とまぁ、そんな感じで他人事だと思っていたのが悪かったのか、結婚の報告に伺った王家主催の夜会であのような事に……。


 まさか……でございますわよねぇ、本当に。ジークフリートもオデットも存在していたなんて。


 あと、王都では黒目黒髪が畏怖の対象らしく、厳つい身体と顔の傷も相まってお義父様が『悪魔公』とか呼ばれていらっしゃるとは完全に想定外でしたわ。黒目黒髪、お素敵ですのに。

 ……もちろんクラウス様の黒目黒髪も素敵ですわ。


 兎も角、例の夜会ではジークフリート様はなんだかアレでしたし、オデットが呪われた原因は自業自得っぽいしで、前世悲恋とされていた物語の裏側がこんなだったのかと何というか……。

 まぁ、夜会のど真ん中で32回転披露する展開にはならなかったのだけは安心しましたわ。


 巻き込まれはしましたが、ジークフリート様ご本人が色々自爆されてましたので、こちらの被害としては、私がジークフリート様に腕を掴まれて連れ去られたのが相当嫌だった旦那クラウス様が、その夜甘えん坊の狼(暗喩)に変身して、次の日の朝起きるのが大変だった事くらいでしょうか。それはそれで…えぇ! 新婚ですしっ! 問題ないですわっ!


 その後はすぐに公爵家の領地に戻ってまいりましたし、その後の話はあまり存じませんわ。

 え? ジークフリート様は行方不明なんですか?

 いつの間にか貴族牢から姿を消していたジークフリート様は、西の湖に向かう道で目撃されて以来行方知れずと……。それはまた……。


 結局前世で読んだ物語の通り、お二人は悲恋で終わってしまったのでしょうか。


 はい? 十八年前に魔の森に捨てたオデットの双子の妹を直系王族がいなくなった隣国が探している? ですか?

 そんな事言われましても……。ご丁寧に家畜の血の付いた襤褸を纏わせて魔の森に捨てた赤子をいまさらになって探されましても……ねぇ。

 万が一その妹君が生き延びていたとしても、自分を捨てた国に洋々と戻ってくると本当に思っているのでしょうか? 厚かましい事この上ないですわね。

 

 え? 私ですか?

 私はこちらのロットバルト公爵家が子息、クラウス・ロットバルトの妻、オディール・ロットバルトですわ。

 それ以外の何者でもございません。


 ちょ、クラウス様! 頬に口付けしないでくださいませっ! 魔女様がいらっしゃるのにっ!! 恥ずかしいですわ!!


 ……もう。失礼しました魔女様。お茶をもう一杯いかがですか?

 え? もうお帰りに……それは残念です。

 あぁ、でしたらこちらのお菓子をお土産にお包みしますわ。是非ともご自宅で番様とお召し上がりください。


 前世の……話ですか? 勿論お話しするのは構いませんわ。

 魔女様にとってご子息の子孫でもあるこの公爵家はご実家も同然ですもの。ぜひ気軽にお越しくださいませね。お待ちしておりますわ。


 えぇ、もちろん。

 私は、この世界で、この場所で、オディールとしてクラウス様と一生添い遂げますわ。


 それでは、またのお越しをお待ちしております。

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悪魔の拾い子は王子と踊らない ニノハラ リョウ @ninohara_ryo

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