第12話

 湊翔みなとはその写真を自分のジーパンのポケットに入れ、持ち帰った。

 隣の中学校に通う小鳥遊たかなししずくのことを、湊翔みなとはたまたま街で見た時から、ずっと好きだった。

 彼女が俳優のサトルとシンガーソングライターの夢莉ゆうりの娘であることは、噂で知っていた。



           ◇


 

 湊翔みなとは手に持っている写真を凜々花りりかに向けた。

「──やっぱりあなたが持ってたのね。この写真がなくなった日に家に来ていたのはあなただったもの」

「……気付いてたんだ」

「その日からあなた、一度も家に来なくなったでしょう」

「──なら、話は早いや。アンタもこの写真、世間にバラされたくないでしょ? 目的が一緒なら、協力してよ」

 湊翔みなとがニタリと口角を上げた。


 ──その時だった。

 優樹が走ってくるのが見えた。

 そして湊翔みなとに勢いよく体当たりした。

「いい加減にしろよ!」 

 優樹が声を荒らげた。


 それほどの激しい剣幕を見たのは、小学生から知っている湊翔みなとも、そして母親である凜々花りりかですら見たことがなかった。

小鳥遊たかなしさんのこと、本気で好きなんだろ? なら、こんな姑息なことしてないで真正面から好きになってもらえる努力をしろよ!」

「うるせえよ!」

 湊翔みなとは立ち上がるなり、優樹に殴りかかった。

 優樹はそれを右腕で制した。

 そして、握りしめた拳で思いきり、湊翔みなとの頬を張り倒したのだ。

「仮にこの写真が世界中にバラまかれたって、母さん達はなにも変わらない! いつまでもこんなことしかできないのか!?」


 湊翔みなとはしばらくなにも答えなかった。

 そして、「もういいや」と呟き、諦めたように笑うと写真を優樹に押し付けるようにして渡した。

 きびすを返し、帰っていく。


「──もう、大丈夫なのかな?」

 しずくが呟くと、優樹が「大丈夫。アイツが本当に諦めた時は、ああやって笑うんだ」と答えた。

 


           ◇



「あら、私たちは必要なかったかしら?」

 声がする方を三人が振り向くと。

夢莉ゆうり

 隣には夢莉ゆうりの夫であるサトルも立っている。

「悪かったわね。わざわざ呼び出して。一度、しずくちゃんと話したくてあなた達も呼んだんだけど。まさかこんな状況になるとはね……それにしてもこの、特に性格があなたにそっくりね」

「いい女でしょ?」

「まあね」

 凜々花りりかしずくを見る。

しずくちゃん、優樹。私たちの過去に付き合わせてごめんね。私たち、もう行くわ。二人で帰りなさい」


 ──優樹が「好きです!」としずくに伝える声を背に、凜々花りりか夢莉ゆうり、サトルは近くのパーキングに停めた車の元へ向かう。


「幸せよね、私たち。愛する人たちに囲まれて」

 夢莉ゆうりが呟く。

「当たり前よ」

「キミはそこまで幸せでもないんじゃないか? 旦那には逃げられたようだし」

「相変わらず心底、腹の立つ男ね」

 サトルの憎まれ口に不快感をあらわにしつつも、夢莉ゆうりのことを一途に愛し続け、家族の為に行動するサトルを案外評価している。──ということを初めて自覚し、凜々花りりかは改めて顔をしかめるのだ。

    

                     終

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国民的女優は息子の相思相愛を許しません! 鹿島薫 @kaoris

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