第11話

「優樹とは付き合わないほうがいいよ」

 湊翔みなとしずくにそう声を掛けた。

 しずくは表情を崩さないよう努めながら、「どうして?」と聞いた。

「キミの親って俳優のサトルなんだろ? 優樹の母親、吉良きら凜々花りりかと昔、週刊誌に熱愛報道が出たことを知ってる?」

 しずくは目を見開き、驚きをあらわにする。そしてこう答えた。

「知ってるよ。──それで?」


 しずくは一拍置いてこう言葉を続けた。

「それを言えば私の気が惹けると思った? 私に好きになってもらえると思ったの?」

 湊翔みなとは思いもよらぬしずくの反応に、僅かに眉を歪めた。──が、すぐに平静を装う。 

「ハハ、相変わらず気が強いね。それに大した自信だ」

「でも間違ってないでしょう?」

「……そうだね。キミのこと、好きだよ。だから付き合って」

「イヤ」 

「……そう。じゃあ、やっぱり悪役は悪役に徹することにするよ。──あの熱愛報道は真実ではない。俺は本当のことを知ってるよ」

 ニタリ、と口角を上げて笑う湊翔みなとの挑発に乗るように、つい雫は「なに、それ? どういうこと?」と問いただす。

「教えてもいいの? キミも傷つくことになるかもしれないけど」

「いいから教えて!」



          ◇




 それから一週間が経った頃、しずくは優樹に告白された。

 だが、しずくは優樹のことを振った。


 その日はまともに眠ることができなかった。

 本当はその告白を受けたくて仕方がなかった。

 ──最初は中学の時、いじめられている様子を見て同情した。

 だが、すぐに彼が心底優しく、凛とした人間であることに気付いた。

 恋愛感情を持つまでにさほど時間は掛からなかった。

 

 ──翌日、学校で優樹に話し掛けられても、まともに返事もしなかった。

 放課後、最近は毎日のように優樹と帰っていた道を、しずくは一人で歩く。

 気を抜くと涙が溢れそうになる。力任せに唇を噛みしめた、その時だった。


「いいかげんになさい」

 後ろから凛と響き渡る声が聞こえ、しずくは思わず振り返った。

 そこにいたのは、吉良きら凜々花りりかだ。

 凜々花りりかは眉間にしわを寄せ、険しい表情を浮かべている。

 しずくは思わず、肩をすくめたが、どうやら視線を向けているのは自分にではないらしい。

 凜々花りりかよりも手前に、しずくのすぐ後ろにいたのは、湊翔みなとだった。

 


           ◇

 


 湊翔みなとと優樹は、中学二年の頃までは仲が良かった。

 優樹の自宅に遊びに行くこともあった。

 ある日のこと。

 優樹の自宅のリビングで一枚の写真を見つけた。

 テーブルの上に置かれていた、黒い手帳。その手帳から、一枚の写真が半分ほど後ろ向きではみ出している。

 なにが写っているのか、気になった湊翔みなとはこっそりとその写真を手に取った。


 そこに写っていたのは、頬にキスをする様子を写した仲睦まじいカップルの写真。

 一人はずいぶん若い頃の凜々花りりか

 もう一人が腕を伸ばし、自分たちの姿を残すべくシャッターを切ったのだろう。


 それは昔、凜々花りりかと熱愛報道が出た俳優のサトルではなかった。

 ──サトルの妻であり、しずくの母親、そしてシンガーソングライターとして沢山のヒットソングを持つ、夢莉ゆうりだった。

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