第17話 カインの愚かな行為
酢を全て服屋に売り払い、身も心も軽くなった。
食べ物以外に使用することはまるで考えていなかったのだが、このような活用法があるとは。
誰かに買ってもらえるのであれば贅沢は言わない。
いや、むしろ平時は食用以外でも使われた方が良い。
そうした方が生産量も増やせるし、いざという時に困らない。
酢を売った金でお土産に村では手に入らないものを買いこむ。
酢の単価は安いのでそれほど多くは買えなかったが、風呂敷に包んで村に戻ることにした。
獣や魔物に遭遇しないように祈りつつ村へと戻る。
行きに比べて手荷物が軽いので、ずいぶん早く戻ることができた。
村の様子は変わりない。
税として納めるために収穫した食料を運び出していた。
税金として三割は決して少なくない。
酒粕による肥料がなければかなり貧しい思いをしただろう。
……酢だけではなく酒粕も売るべきだろうか?
だがあれは結構重い。
人一人で運搬できる量には限りがある。
なんでもかんでもはできないのだ。
せめてこの村をより豊かにするために頑張るべきだろう。
家に戻るとカインとリナがずいぶんと暗い顔をしていた。
途中で見たカインの畑は問題なく収穫できているようだし、それほど悲観するようなことはないはずだ。
「ただいま。お土産を買ってきたぞ」
「兄さん、お帰りなさい」
「よく戻ったな……」
声もどこか暗い。
お土産に買ってきた焼き菓子を三人で摘む。
しかしその間も言い辛そうにこっちをチラチラ見てきてうっとうしい。
「何かあるなら言ったらどうだ?」
「んん、その、なんだ」
口ごもり、長い沈黙の末カインはようやく語り出した。
あれこれと言い訳も交じるので分かりにくかったが、要約するとどうにも借金が嵩んでいるらしい。
ちょくちょく食料を買いにくる商人から話を持ち掛けられ、いい気になって将来の分の作物を売る契約をし、その料金だけ受け取ったそうだ。
実際に納める分も問題なく収穫できる予定だったが、エリーナたちがきて事情が変わった。
税金として徴収する三割。
いくらか誤魔化したとはいえ、それでも二割半は差し出さなければならない。
もし差し出さなければ、領主に逆らうことになる。
そうなれば商人や行商人は一切立ち寄らなくなるだろう。
周囲の魔獣討伐にも協力してくれなくなる。
「家を大きくしたり、小作人を雇ったりして一気に金を使って……商人に渡す作物がないんだ。返す金も。それでなんだが……」
ここまで来れば言いたいことは分かる。
金の無心だ。
だからあれほど気を大きくするなと言ったのに。
しかも妹のリナも贈り物を何度も貰っていたので無関係とはいえない。
それに兄弟のように育ってきたのだ。見捨てるわけにもいかない。
「いくら足りないんだ?」
「銀貨で七十枚ほど」
「七十!?」
うちのような村で銀貨がそんなにたくさん手に入るものではない。
それを七十枚分も。
一体どれだけ先の分まで売ったのか。
いくらなんでも強欲すぎる。
「分かった。ちょっと待ってろ」
床板を剝がし、いざという時のために溜めておいた金を取り出す。
これは主に酒を売って得た金だ。
材料分を買っても余ったので少しずつ貯めておいた。
銀貨と銅貨ばかりだが、全部合わせれば銀貨五十枚分にはなるだろう。
あとの残りは……服屋が酢を買いにきてくれればなんとかなる。
その為には売るための酢を用意しなければ。
「カイン。お前の畑はお前がいなくてもどうにかなるんだろ?」
「あ、ああ。給料を払ってるから任せてある。だが金がなくなったら……」
「金は立て替えてやる。代わりに作業を手伝え」
有無を言わさずカインを作業場に連れてくる。
もちろん手洗いをし、服を着替えて清潔にした上でだ。
一人では時間がかかる作業も二人ならそれなりに早い。
カインは何か言いたそうだったが、立て替えるという俺の言葉を信じてひたすら作業を行った。
樽四つ分の酢を確保する。
別の倉庫では酒を樽八つ分だ。
一人ではここまでの量を確保できなかっただろう。
「これを売れば確かに良い額になりそうだな」
「酒は領主様に渡す分だ。俺は作物を作ってないからな。だが金で納めようにも」
ジロリと睨む。
カインは縮こまった。
「なら酒でというわけだ。幸いうちの豆で作った酒は評判がいい。もしかしたらいい宣伝になるかも」
「そういうもんかね」
それからまず領主の使いが現れ、税として作物と酒を持っていった。
だが酒に視線を送っていたのでもしかしたら途中で飲まれるかもしれない。
エリーナ様がどうこうして欲しかったが、無理な相談か。
もうしばらく後に服屋の手配した馬車が現れた。
馬車に乗るだけ用意してくれと言われ、カインと共に苦労して運び込んだ。
料金は樽四個分で金貨一枚を渡された。
本来の価格より多いが、これは今回特別にということだった。
よほど困っていたのだろう。
定期的に買い付けにくる約束をし、見送っていった。
「金貨なんて初めて見た」
「俺もだ。なんか落ち着かないな……」
懐に隠していそいそと家に帰る。
別に誰かが盗むとは思わないが、なんとなくだ。
カインが金を借りた商人に作物の一部を渡せないことを説明し、その分の返金を少し色を付けて行った。
元々世話になっている相手に迷惑をかけた以上は、詫びもしなければならない。
幸いそういうことならと相手も納得してくれた。
ただカインにはもう金を貸さないよう約束してもらう。
あれだけの畑があるのだ。
きちんと運営すれば金を借りる必要はない。
カインも反省していたので今回は目を瞑った。
酢で人を助けたい。 HATI @Hati_Blue
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