第16話 酢の使い道
村の作物などを数人で都市に売りに来たことは何度もある。
だが一人で、しかも酢を売りにきたのは初めてだ。
初めての量り売りということで値段もかなり安くしている。
「思ったより重いな……」
背中に背負った壺が重い。
小さいツボだったのだが、それでも徒歩で持っていくのは厳しいか。
都市で少しでも売れれば荷も軽くなるはず。
数日かけて都市に到着した。
近くの川で身嗜みも整えたのですんなり入れた。
商売のために人頭税を払ったので元が取れるといいのだが。
「お前、一体何を売りにきたんだ?」
守衛が鼻をつまむ。
酢は原液なので少し匂いがキツい。
「酢ですよ。保存食にいかがですか?」
「いや、いい。ようやくまともに飯が食えるようになったんだ。酢は要らないよ」
「そうですか……」
幸先は悪いが、無事都市に入れた。
早速人通りの多い場所で呼び込みを行う。
街を歩きながらなら多少は売れると思ったのだが……。
どうやらこの都市はあまり酢に馴染みがないらしい。
調味料どころか、酢漬けも食べないようだ。
試しに飲食店にも声をかけてみたがけんもほろろに追い返された。
「酒ならともかく酢なんて誰が買うんだい?」
「こりゃ酷い匂いだ。獣避けにでも使うのか」
「間に合ってるよ!」
酢は丸一日歩き回って一度も売れなかった。
背中の荷は重いままだ。
疲れも貯まって、足も棒のように感じる。
これほど売れないとは思わなかった。
村の命の恩人だというのに、こんな扱いをされていたなんて。
だが保存食は必ず必要だ。
この辺りには塩湖も岩塩も近くにはないので塩も貴重なはず。
あの飢饉を経験したのなら、俺のように酢が欲しいと思う。
そう考えていたのだが、現実はそこまで優しくなかった。
これなら妹の言う通り、酒だけ作って売った方がよほどマシだろう。
自分の使う分だけ酢を作ればいい。
誰かのためになろうなんて、出過ぎた考えだったのかもしれない。
誰も求めないものを作っても、何の意味があるのだろうか。
宿は大部屋の雑魚寝だ。
少しでも足を休めようとしたが、荷物の酢の匂いで睨まれ端に追いやられる。
満足に足も伸ばせない場所で、ただ足の痛みに耐えながら眠りについた。
次の日、空腹を紛らわすために持ってきた干し芋を齧る。
何日も宿に泊まるほどの金は持ってないので、今日何の成果も出せなかったら明日に帰ろう。
そして酒を作る日々に戻るのだ。
その方が妹も喜ぶし、金も稼げるに違いない。
だが、その未来を考えると心が痛む。
ようやく人の役に立てると思ったし、生きる意味を見つけたと思ったのだが。
重い足をなんとか動かし、再び売り歩く。
半日かけて、ほんの少しだけ売ることができた。
だが食用ではなく台所の掃除に使うという。
そういう使い方もあるのかと驚いた。
できれば食べて欲しいが、役に立ったのなら贅沢は言わない。
しかし売れたのはそれっきり。
夕方になり、諦めの心境に差し掛かったその時。
「おーい、おーい。そこの酢売り!」
誰かが俺を呼び止める。
立ち止まって振り返ると、慌てて走ってきた男がいた。
「どうしました?」
「酢を売り歩いてるんだって? どれくらい売ってるんだ?」
「この壺一杯です。生憎と誰も買ってくれないのであまりに余っています」
自虐のつもりで言ったのだが、思ったより笑えなかった。
男は手で仰いで匂いを嗅ぐ。
原液でキツいと思うのだが、特に顔をしかめたりしなかった。
「少し舐めてもいいか?」
「いいですよ」
小さな器に酢を移し、男に渡す。
男は酢を少しだけ口に含み、味を見ていた。
「いい酢だな。これなら使えそうだ。一緒に来てくれ」
「分かりました!」
買い手が現れた!
酢を売り歩いていたのを噂で聞きつけたようだ。
あれは無駄な行為ではなかったのだとホッとする。
だが男に連れられてきたのは飲食店ではなく、服屋だった。
しかもかなり大きい。
「ええと……」
「少し待っていてくれ。絶対だぞ」
「分かりました」
どういうことだろうと思いつつ、他に売る当てもないのでただ待つ。
もしかしてからかわれているのだろうか?
そういう思いもあった。
体感だが長い時間待ち続けると、男が人を連れてくる。
恰幅の良い男性だった。着てる服もかなり上等だ。
「いたいた、旦那、これくらい量があれば足りるんじゃないですか?」
「おお。当座は何とかなりそうだ。酢売り、とりあえずこの壺の分を全部売ってくれ」
「分かりました!」
どうやらこの人は服屋の主らしい。
しかしなぜ服屋が酢を買うのだろうか。
さっぱり分からない。
壺の中身を移し、値段を伝えると驚かれた。
「そんなに安いのか!?」
「ええ、自家製ですのでこれでも利益が出ます。ただあんまり買ってもらえませんでしたので助かります」
素直にお礼を言う。
「ということは在庫はまだあるのか?」
「村に戻ればそれなりに」
「この値段の三割増しで買おう。だからその村にある在庫とやらも誰かに売るのは待ってくれ。構わないか?」
「ええ、まあ。保存食に使う程度ですのでそれは構いませんが、何に使うんですか?」
村にある在庫まで欲しいとは。これだけ買うのだ、何に使うのかくらいは知りたい。
「草木染に使うのだ。大量に納品依頼が来たのだが材料が足りずに色々とかき集めていたのだが、お前から酢が手に入ると聞いてな。他の商店は扱っておらぬし、ちょうど良かった」
「草木染、ですか」
「うむ。詳しいことは省くが、とにかくうちには必要なのだ」
染物は村でもやっているが、酢を使う方法は聞いたことがない。
色々な製法があるのだな。
とにかく売れるのであれば売る。
村の場所を伝えると、後日馬車を送ると約束してくれた。
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