第15話 納めて下さいね
「で、完成した酒はあるのか?」
「あります。良ければ飲んでみますか?」
「む。催促したようで悪いな。いただこう。エリーナの様はどうしますか?」
「いいえ、私は結構です。酔いやすいので」
領主の使いが酒蔵へ入ることは防止できた。
それに比べれば多少酒をふるまう程度はなんでもないことだ。
豆酒を器に注ぎ、渡す。
領主の使いは一息で飲み干した。かなりの酒好きのようだ。
「ふむ。味はいいな。酒精は弱いようだが」
「何分素人ですので、色々と試してはいるのですが……」
器を差し出されたのでもう一杯分注ぐ。
それもあっという間に飲みきってしまった。
この人、美味そうに飲むじゃないか。
「その辺にしてください。仕事中ですよ」
「なぁにこの程度。水を飲むようなものです」
それから視察は酒蔵から原料を保管している倉庫に移る。
「この芋や豆はどうしたのだ? かなりの量だが」
「物々交換したりもありますが、基本的に村から買い取ってます」
「……ほう。この村は相当作物が収穫できるのだな?」
「そうでしょうか?」
ひとまずとぼける。
不作から立ち直った直後に豊作なのは目立ちすぎただろうか。
酒粕のおかげ……だろうな。
肥料として撒くだけで収穫量が大きく増えている。
一通り村の視察が終わり、再び広場へと集められた。
ただ今のところ待たされている。
彼らはエリーナを中心に少し離れた場所で話をしていた。
恐らく税をどのようにするかを相談しているのだろう。
エリーナの経験を積ませると言っていたので、彼女の意向が優先される可能性が高い。
どうか無茶な負担になりませんように。そう祈るしかなかった。
話し合いが終わり、エリーナが前に出る。
咳払いをし、口を開いた。
「皆さん、税金の負担ですが、この村は豊作で非常に余裕のある状態と判断しました。そのため今年は三割の物納をお願いしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「エリーナ様、合意を取る必要はありません。命令すればいいのです。三割という数字だけでも十分配慮しているのですから」
「ですが、作物を作っているのは彼らです。それを合意もせずに奪っていくのは領主の役目とは思えません」
少しばかり認識の違いが発生しているようだ。
村長はここぞとばかりに食い込む。
「三割の税ですね。もちろんでございます。確実に領主様に納めさせていただきますので」
「よかった。お願いしますね」
下手に議論がこじれて税率が上がることを恐れたのだろう。
三割ならば今の村の状況なら飢えることはまずない。
正式に決まり、エリーナたちが村を去っていく。
決まりに従って村人全員で送り出す。
「ようやく行ってくれたな」
「三割か。前は四割だったよな? 次はまた上がるのかね」
「上がるだろうさ。ここの状況が伝わったんだ。きっと生かさず殺さずでやるだろう」
「まあ隣の村の分まで負担しろ、なんて言われなくてよかったよ」
村人たちはホッとしながら各自意見を言いながら散っていった。
カインは落ち着かない顔をしている。
「どうした?」
「いや……俺たちが自分で育てた作物がタダで持っていかれるんだと思うとちょっとな」
「仕方ないだろう。土地は俺たちのものじゃないんだ」
そう。村のある土地は王国のものだ。そして領主は王より管理を任されている。
それに逆らえば他所に行くか死ぬしかない。
所詮はその程度の立場なのだ。
「もう数年は贅沢に過ごせると思ってたんだが。畑を増やすしかないか」
「まだ増やすのか?」
「ああ。リナちゃんに不自由な思いをさせたくないからな」
金を稼げるようになってからカインはリナに対してよりアプローチをするようになった。
食事に招いたり、高価なプレゼントを贈ったり。
リナも満更ではないようだ。
ゆくゆくは一緒になるだろう。
安定して酒が売れるようになり、酢にたいしても金をかけれるようになってきた。
色々と試してようやく商品と呼べる豆酢が完成した。
口に含むと酸っぱい。
作物を漬けると、十分に長持ちする。
これでいつでも酢が手に入る。
「それで兄さん、完成したお酢はどうするの?」
「どうするって、そりゃあ……」
酢を作ろうと決心したが、作った後のことは考えていなかった。
これがあればあのような飢える日々は避けられると思って突き進んだのだが、今のような状況ではその必要はない。
酢は作れば作るほどコストがかかる。
酒とは違って商人もどれほど売れるか分からないからか買い取ってはくれない。
「お酒だけ作った方がいいんじゃない? 今までよりずっとお金が稼げるよ」
「いや、それはダメだ。酢は完成に時間がかかる。欲しいと思った時にすぐ用意できないんだ」
リナは以前とは変わってしまった。
お金があればなにができるかを知ってしまったというべきか。
だがそれが悪いことかどうかは分からない。
カインのお陰もあり、以前よりずっと豊かな生活を送れている。
「一度都市に売りに行ってみるよ。もしかしたら買い手がつくかもしれない」
「ふぅん。まあお酒も作るならいいと思うけど」
都市で売るために十分な量の生産にうつった。
一度成功すれば量産化はそれほど難しくはない。
壺一杯の量を用意し、背中に背負って蓋をする。
「それじゃあ後のことは頼む」
「うん。といってもお酒を移すだけだけどね」
買いに来る商人の対応をリナに任せ、俺は都市へと量り売りに行くことにした。
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