その暗がりの中で

薄暗い月明かりが霞むほどの光で照らされる街中。

帰宅ラッシュの人混みに、その男はいた。


「定期券、定期券…あ、あった」


同じ所に入れているのにいつももたついてしまう。

そんな自分が嫌になる。

そんなことを思いながら改札を出た男が夕飯をコンビニで買おうと歩き直してすぐ、目の前にどこかで見た人影がいた。


「竹内様、少し時間よろしいでしょうか?」


男は立ち止まっていた。そして、”振り返った”。

男は”竹内”と、後ろから知らない青年に話しかけられた。

そして、本当に男は竹内だった。

はっとして再び前を見ても、先ほどの人影はもういなかった。


「どうかされましたか?」

「いえ、何でもありません…。それより、あなたはどなたですか?」

「お初にお目にかかります、私こういうものでして…」


そういって青年が差し出したのは、長ったらしい肩書と沖永という名前が書かれた名刺であった。


「以前竹内様は献血にお越しくださいましたよね?覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、そういえば少し前に…」


なんてことはない、気まぐれでした献血だった。

『誰かの命を救うためにご協力を!』というありきたりな勧誘の旗が目に入ったから、というだけのことだった。


「あの後竹内様の血液を事前検査したところ、少しお話ししたいことがありまして。お時間よろしければ今すぐにでもお伝えしますが、いかがですか?」

「…まあ、時間はありますが」

「かしこまりました。ちょうど事務所がすぐそこにあるので、ついてきて下さい」



男、竹内の日常はこの時に終わった。

避けられたのかと聞かれても、そんなことはない。

怪しい所はいくつもあったが、それに気付いても逃れられずいつかそうなっていた。


”それ”はもう、彼を捉えていたのだから。

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何が出来るか、何がしたいか あさしん @BJ_o_Ex_P

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