第6話
「あ、ごめん。チャットくれてたんだ、タイミングいいじゃん」
「……なんで今日…、花火でも見にきたのかよ」
「んー、まあそれもあるけど」
自然な会話の仕方ももう、忘れてしまった。しかしふたりきりの空間は、不思議と安心感に満ちている。海斗の目の前までやってきた理子は、顔を上げて海斗を真っ直ぐに見上げた。
くるんとしたまつ毛、少しだけ血色感のある唇がゆっくりと弧を描く。
「海斗に、会おうと思って来た」
理子が、微笑む。
夜空には次から次へと打ち上がる大輪の花。心臓が震えるのはきっと、絶え間なく轟く花火の音だけのせいじゃない。
不意に沈黙が、ふたりを包む。久しぶり、なんてそんな挨拶すらできなかった海斗を、ただ見つめる理子。ひとつ、またひとつと花火が散るたびに蘇る、記憶たち。
運命はまた、ふたりに期待をしていたのかもしれない。
「ずっと考えてたよ、海斗のこと。今更って思うかもしれないけど」
「……俺は、もう忘れられてると思ってた」
「なわけ。いろんな人に会ったけど、結局いつも海斗が恋しかった」
離れていた時間が、ふたりに本音を紡がせる。
ふわりと香る理子の香りと、優しく響くその声。視界の端で、じわりと花火が滲む。理子は目を細めて更に頬を緩ませた。その顎のラインに遠くの花火が僅かに光を添える。
それが、見たこともないほど透き通っていて、触れたら壊れてしまいそうなくらいで。
こいつ、こんな寂しそうに笑うやつじゃなかったのに。
「……高校の時ごめんね。私、今思えばだいぶ子どもだった」
時間を経ても理子は昔と少しも変わらず、正直なまま。その仕草も、真っ直ぐに心と向き合う姿勢も、海斗が好きな理子のままだった。
「海斗が冷たくて、もしかしたら嫌われたんじゃないかって不安だった。それで怖くて、どうしたらいいかわかんなくて……海斗に当たっちゃった」
「……」
「だからごめん、海斗」
「……違う、あれは俺が悪かった」
今なら、あの頃よりも素直に言える。
大切な存在を失ったのは、きっと理子も同じだった。
ふと、想像よりも近い距離で交わった視線。花火が打ち上がる、音がまた心臓に響く。
「俺も勝手に理子と話せなくなるんじゃねーかなって不安だった。お前、あの時モテてたから」
「え、えー?何それ」
「笑うなよ、マジだし」
理子が吹き出す。無邪気な笑い声が溢れて、海斗まで思わず微笑んだ。
「やっぱ幼馴染だね、私たち。考えてること大体一緒」
「……それ否定はしないけど、幼馴染ってのが、やっぱ好きじゃない」
すると、目尻から溢れるように笑いながら、花火を見上げた理子。その横顔は、呼吸も忘れるほど綺麗だった。
「……ねえ海斗。多分ね、私たち全部同じ気持ちだと思うよ」
「全部?」
「そ、ぜーんぶ」
理子が一瞬、海斗に視線を投げかける。それだけなのになぜか、海斗には理子の言葉の意味がわかった気がした。
「……理子、お前、」
「もー、あんなにずっと一緒に居たのに、鈍感なのは海斗の方でしょ」
花火が、またひとつ散っていく。
その下でもう一度海斗を見つめ直す、理子の視線。
「一緒に見よっか、花火」
向けられた瞳の奥で、遠回りした恋の予感が、ささやかに煌めいていた。
夜窓 汐野ちより @treasurestories
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