第5話
それから今日までの二年間、海斗は一度も理子に会わなかった。
隣家の二階にある理子の部屋の雨戸は、ずっと閉じられたまま。たまに理子の母親が換気で開けることはあっても、海斗が帰宅する頃にはもうそれも終わっている。
しかし、毎晩あの窓がもしかしたら開いていないかと確認することが、海斗の習慣になってしまっていた。
特に花火大会が近づいてくると、海斗は理子のことを鮮明に思い出すようになった。
だから大会当日の今日にも、気を紛らわせるため今年もバイトを入れた。このシフトももうすっかり夏のお馴染みになっている。
大会直前、バイトで疲れた身体を引きずって丘の上の家を目指す海斗。時間を確認すれば、もう少しで開会のタイミング。
今年も見るつもりはない。あの夏から毎年、花火は海斗の涙腺ばかりを刺激していた。
「……お疲れ、俺」
家の門にようやっと辿り着き、労いの言葉を自分自身に投げかける。
すると、河の方で急にドンと花火特有の大きな音が鳴り響き、海斗の肩がびくりと跳ねた。なんだかそんな自分が情けなく思えて、ほわりとついた大きなため息。
あーあ、花火始まったか、今年も。
古い閂を外し、染み付いた習慣に促され見上げた理子の部屋。その瞬間海斗は、ドンドンと打ち上がる大きな花火たちを見た。
そう、花火を見た。
いや、花火が見えるはずなんてないんだ。だって花火は河の方で、今俺が背を向けてる方でやってんだから。
「……マジ、か」
見上げた理子の部屋。
そこには今夜、雨戸はなく、海斗の後方で次々に咲きゆく無数の花火が、窓ガラスにはっきりと映っていた。
まるで切り取られたかように、暗闇の中、花火を映すその窓だけが彩られている。
部屋の中は暗い。しかし海斗は、この時間に理子の母親が換気をしないことを確信している。何度瞬きしてもそこに雨戸はない、夢じゃない。
理子が。まさか理子が、
「帰ってきてんの?」
もう随分と前に途絶えていた理子とのチャット。気がつけばそこにあっという間に打ち込んでいた雑な問いかけ。しかし雑かどうかなんて気にしている余裕も、今の海斗にはない。
スマホを握りしめ、震える指で送信をタップした、その瞬間。
「海斗?」
海斗の耳に突然、直接流れ込んできた声。
心臓がどくりと弾み、慌てて顔を上げた先。
「……久しぶりだね。帰ってきたの、上から見えて」
高校生の頃よりも艶やかで長い髪、どういう訳か一抹の寂しさを含んだ瞳。
目の前の家から出てきた理子が、海斗の方に駆け寄ってきていた。
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