第4話

 それ以来、理子は海斗を少しずつ避けるようになった。

 喧嘩なら何度もしてきた。しかし子どもの頃とは違い、なかなかお互いに素直になれないまま時間だけが過ぎていく。


 一緒に歩く通学路も、当たり前のように行き来していた部屋での会話も、それからその年の花火大会を見る約束さえも、ふたりの間から消え去ってしまった。


 ただの友人には、最初からなれなかった。

 ぎくしゃくしたまま高校の卒業式を迎えた理子と海斗。式が終わった日の夕方、家の前でばったり鉢合わせたふたりにはきっと、運命も期待をしていたのかもしれない。


「……海斗じゃん」

「……よ、」


 まだ、直らない。

 久しぶりに正面から見た理子に、相変わらず惹かれている海斗の心。しかし素直になる方法なんて忘れてしまったかのように、何も言えずに立ち尽くすだけ。

 微妙に空いた距離、修復されていない亀裂をそのままに、理子が先に口を開く。


「……私、四月から大学の近くでひとり暮らしするんだよね」

「え……、へえ、そーなんだ、」


 おい、てことは実家出るってことかよ。この町からいなくなるってことかよ。急すぎだろ。しかもなんでそんな大事なこと俺に一番に言わねーんだよ。気まずくても、俺ら幼馴染だろ。


 溢れかけた言葉を、海斗は全部、全部飲み込んだ。

 必死に奥歯を食いしばり、都合良く利用しそうになった大嫌いな「幼馴染」という肩書すらも飲み込んだ。

 些細なすれ違いは、もうお互いに素直な感情をぶつけ合えないほど、時間と共に深く刻み込まれてしまっていた。


「……うん、もう来週引越すから」

「……へえ」


 海斗の気のない返事に理子の顔が、あの日と同じように歪む。

 理子の表情はわかりやすい、特に、海斗にしてみれば。


「…………、じゃーな」

「……うん、バイバイ」


 それ以上理子を見ていられず、逸らした視線。家の門に手をかけ、あっさりと別れの挨拶をすれば、理子も諦めたように小さな声で応えた。


 もう会えないなら、いっそなかったことにしてしまえばいい。

 並んで過ごしてきた時間も、となりで見つめてきた笑顔も、嫉妬も。恋心も、何もかも。


 玄関に入る、家のドアを閉める。

 そのままドアに背中を預けた海斗から、堪え切れず震えた吐息が零れ落ちた。

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