第3話

「海斗さ、なんでそんな冷たいの」

「……は?」


 高校二年の初夏、同じ高校から当たり前のように並んで帰る道の途中。理子から唐突にそんなことを聞かれ、海斗は一瞬自分の思考回路がぴきりと止まるのを感じた。


「……冷たい?俺が?」

「そ、なんか今日も教室まで来た時不機嫌だったじゃん、最近変だよ。私なんかした?」

「あー、」


 理子にそこまで言われてやっと合点がいく。

 この頃の理子は明るく溌剌としていて、男子たちからかなり人気があった。そして放課後に海斗が理子のクラスを訪れると、気のありそうな男子と親密に話しているその姿を見ることも多かった。


 もちろん長年片想いをしてきた海斗にとって、それは気持ちのいいものではない。近頃そんなことばかりが立て続けに起こり、ふたりきりで理子と話す時の態度にも隠しきれない嫉妬が滲んでしまっていた。


「……なに、言いたいことあるんなら言えば。海斗最近ずっとそう。ずっとひとりで怒って、黙ってる」


 理子は嘘や誤魔化しを嫌う。それを知っていたから今まで正直に向き合ってきた。しかし、この気持ちばかりはそう簡単に言えるものではない。ここまで続いてきた関係を、ぶち壊しかねない。


 面倒臭そうにため息をつく理子。不機嫌なその横顔に、海斗の方もカチンとくる。

 俺がどれだけお前で悩んでるか、知らないくせに。


「……じゃあ、なんでお前はいつまでもそう鈍感なわけ」

「は?私が?」

「そーだよ、自分が周りにどう見えてるとかさ、俺がどんな気持ちなのかとか、ちょっとは察せよ」

「……何それ、なんで怒ってるかなんて言ってくれなきゃわかんないよ。それに海斗はなんか、最近私に隠してることあるでしょ」


 お互いに、鋭くなっていく言葉たち。

 近過ぎたからこそ、なんでも話してきたからこそ、言えない気持ちや想いがある。そのことをひしひしと感じ始めていた海斗の鼓膜に、理子の鋭利な言葉は音を立てて突き刺さる。


「……ねえ、なんとか言えば?」

「…………、あーあ。なんで俺、理子とこんなに一緒に居ちゃったんだろーな」


 本心だった。

 幼馴染、生まれた頃からの友達、誰よりも時間を共有してきた相手。そんな1番近いようで、1番近付きにくい存在。もっと違う関係なら、もっと素直に言えるかもしれないのに。


 しかし次の瞬間、たった今自分が発した言葉の矛先が真っ直ぐに理子に向いていたことに気がつく海斗。

 言い過ぎた。慌てて振り返ってももう遅い。その時の理子の表情は、今までのどの瞬間よりも悲しげに歪んでいた。

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