顛末
不審な人影の記憶も薄れかかった一か月後、私はYちゃんに連絡を入れた。彼女の携帯に連絡を入れたはずなのだが、なぜか出たのは彼女の母親だった。
高校時代の友人であることを告げると、暗い声での謝罪と感謝の言葉ののちに「Yはメンタルの調子を崩し、入院している」という答えが返ってきた。
『何もない空間に向かって話しはじめたりとか、授業中なのに、急に黒板に絵を描き始めたりとかしたんですって。様子がおかしい、って学校の方から私に連絡が来てようやくわかったんだけど……』
Yの母親の話に相槌を打ちながら、背中を嫌な汗が伝っていくのを感じた。波野先生だったか、Yの前任の美術教師も松井咲乃の自殺後、同じような状態になっていなかったか?
お見舞いに行きたいと申し出たが、とても話ができる状態ではないと丁重にお断りをされてしまった。
さらに、Yちゃんの身に起きていた異変はそれだけではないという。
『それ以外にも問題行動があったらしいの』
「問題行動、ですか」
『図書室の閉架書庫っていうのかしら。司書さんとか限られた人しか入れないところに忍び込んでね。歴代の卒業アルバムを盗もうとしたんですって。理由を聞かれても、要領を得ない答えだけだったから、厳重注意だけで終わってしまったみたいなんだけど。どうしてそんなことをしたのかとか、職場の先生にも聞かれたけど、私にもねえ……』
適当な返事で母親との電話を切って、身体を震わせながら頭を巡らせた私は一つの恐ろしい考えに至った。
学校関係者ではない母親は事件の詳細など何も知らないだろうから、知るはずもないだろう。だが、私には彼女がどうしてそんなことをしたのか何となくわかる。
Yちゃんは檜山・エリオット・真子の顔写真を見つけようとしたのではないだろうか。
大概の場合、学校の卒業アルバムには、生徒たちの写真が貼られる。卒業近くで撮影される個人写真のほかに、入学式や遠足、体育祭など学年行事で撮った集合写真なども残ることが多い。
檜山・エリオット・真子や松井咲乃は二年次に亡くなったから、個人写真はなかったかもしれないが、Yちゃんはきっと彼女が参加したはずの行事の集合写真があることに賭けたのだろう。
そんな馬鹿な真似をした理由は、松井咲乃が描いた真子の絵を完成させたかったからではないだろうか。
Yちゃんに「完成させなきゃ」と言った声の主は松井咲乃であり、死後、未完で終わらせたはずの親友の肖像画のことを悔やんで、あの教室にまだ残っている。完成させられる絵描きの人間が来るのを待って。
――いや、これ以上はもうやめよう。ホラー小説好きがこじつけた妄想に過ぎない。真実はもっと現実的なものだろう。それが何かなど私には知りようもないが。
これ以上はもう何も考えたくない。波野先生やYちゃんのミイラ取りになるような気がして怖いのだ。
だが、檜山・エリオット・真子という少女の素顔を見てみたいという欲望に駆られている。
決して、Yちゃんのような精神状態になったからではない。ただ、平凡な一人の少女を魅了した少女の顔がどれだけ美しかったのかを知りたいだけだ。
一度でいいから見てみたいとは思わないだろうか? 鮮やかな青い瞳を持った美しい少女の素顔を。
もし、檜山・エリオット・真子の顔写真を持っているという人がいたら、連絡が欲しい。
今すぐにでも、彼女の素顔が知りたい。どうか、彼女のことを知っている人がいたらお願いします。
松井咲乃の遺作 暇崎ルア @kashiwagi612
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