第8話 希望の光

誠一は深呼吸をし、目を閉じた。幻一郎の言葉が頭の中で反響する。


「美咲ちゃんの心の奥底にある、本当の願いを見つけるんだ」


心の中で、美咲の姿を思い浮かべる。図書館で本を読む美咲、物語を書く美咲、そして...誠一と一緒に星を見上げていた美咲。


「必ず、君を連れ戻すからね」


誠一の意識が徐々に遠のいていく。


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目を開けると、そこはやはり美咲の夢の世界だった。前回よりもさらに暗く、重苦しい空気が漂っている。本棚は倒れ、無数の本が床に散らばっている。天井からは黒い霧が垂れ下がり、視界を遮っている。


「美咲!」


誠一は叫びながら、荒れ果てた夢の世界を歩き回った。しかし、返事はない。ただ、黒い霧が渦を巻くように動いているのが見えた。


誠一は霧に向かって歩き始めた。霧の中に入ると、周りの景色が変わる。そこは美咲の教室だった。


教室の隅に、美咲が一人で座っている。周りの生徒たちは、まるで美咲が存在しないかのように振る舞っている。


「美咲...」


誠一が声をかけても、美咲は反応しない。まるで、誠一の存在すら気づいていないようだ。


突然、教室の風景が溶けるように消え、再び図書館のような空間に戻った。しかし今度は、倒れた本棚の陰に、美咲の姿があった。


「美咲!」


誠一が駆け寄ると、美咲はゆっくりと顔を上げた。その目は、深い悲しみに満ちていた。


「誠一くん...どうして、また来たの?」


美咲の声は、か細く震えていた。


「君を助けに来たんだ」誠一は真剣な眼差しで答えた。


美咲は首を横に振った。「助ける必要なんてないよ。ここが私の居場所なの」


「違う!」誠一は強く言った。「君の居場所は、現実の世界だ。みんなと一緒に...」


「みんなと一緒に?」美咲の声が冷たくなる。「私が関わると、みんな不幸になるだけ。佐藤さんだって...」


「それは違う」誠一は静かに、しかし力強く言った。「君は誰も不幸にしていない。ただ、みんなが君を理解していないだけなんだ」


美咲は黙っていたが、その目に小さな変化が見えた。


誠一は続けた。「覚えてる? 僕たちが一緒に星を見た夜のこと。君が書いた物語のこと。あの時の君は、輝いていたんだ」


美咲の目に、小さな光が宿った。


「でも...」


「美咲」誠一は美咲の手を取った。「君の物語は素晴らしい。きっと、多くの人の心を動かせる。だから...」


美咲の目に涙が溢れた。「でも...怖いの。また傷つくのが...」


誠一は深く息を吐いた。「美咲、僕が謝らなきゃいけないことがある」


美咲は驚いて誠一を見つめた。


「僕は君に、もっと人と関わるべきだって言った。でも、それが君を傷つけることになってしまった。本当にごめん」


美咲は小さく首を振った。「誠一くんのせいじゃない...」


「でも」誠一は続けた。「君は本当は人と関わりたいんだよね?ただ、怖いだけで」


美咲は言葉につまりながらも、小さく頷いた。


「美咲、傷つくことを恐れるのは当然だ。でも、その恐れを乗り越えて、願いを叶えることが、君の幸せにつながるんだ。簡単じゃないけど...でも、僕が一緒にいる。君が辛い時も、傷ついた時も、ずっと側にいるから」


美咲は涙を流しながら、誠一を見つめた。「どうして...どうして私のために、こんなに大変なことをしてくれるの?」


誠一は真っ直ぐに美咲の目を見た。「それは...僕が美咲のことを好きだからだよ」


美咲の目が大きく開いた。「え...」


「好きなんだ、美咲のことが。だから、君に幸せになってほしい」


美咲は顔を赤らめながら、小さな声で言った。「私も...誠一くんのこと、好きだった」


誠一は驚きながらも、優しく微笑んだ。


美咲は続けた。「一人じゃ、あきらめずに願いを叶える勇気を持つのは難しい。でも...誠一くんとなら、頑張れる気がする」


その時、突然強い風が吹き荒れ始めた。本が宙を舞い、誠一と美咲の周りを取り囲む。


「美咲!」誠一は叫んだ。「一人じゃないんだ!僕がいる。幻一郎さんもいる。きっと、君の物語を理解してくれる人は他にもいる!」


美咲は深呼吸をし、ゆっくりと頷いた。「わかった...帰ろう」


その瞬間、風が止んだ。周りの暗い霧が晴れていき、図書館の空間が明るくなっていく。


二人の周りに、光の粒子が舞い始めた。それは、まるで星空のようだった。


「これは...」美咲が驚いた声を上げる。


「君の物語だよ」誠一は微笑んだ。「君の想像力が作り出した、美しい世界」


美咲の目に、久しぶりの輝きが戻ってきた。


「誠一くん...ありがとう」


二人が手を取り合った瞬間、夢の世界が光に包まれた。


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目を覚ますと、誠一は自分の部屋のベッドの上にいた。窓の外を見ると、黒い霧が晴れ始めているのが見えた。


急いで服を着替え、誠一は病院に向かった。


病室に着くと、そこには目を覚ました美咲がいた。両親が喜びの涙を流している。


「美咲!」


美咲は誠一を見ると、小さく微笑んだ。「誠一くん...ありがとう」


その日の午後、町の異変は完全に収まった。黒い霧は消え、昏睡状態だった人々も次々と目覚めた。


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鵺瀬堂書店に戻った誠一は、幻一郎に一部始終を話した。


幻一郎は穏やかに微笑んだ。「よくやったね、誠一くん。美咲ちゃんの本当の願いを見つけ出せたんだ」


「はい」誠一は頷いた。「でも、これからが本当の勝負です。美咲が現実世界で自信を持って生きていけるように...」


「そうだね」幻一郎は深く頷いた。「でも、君たち二人なら、きっとできる。美咲ちゃんの物語は、多くの人の心を動かす力がある。そして君には、人々の夢を繋ぐ力がある」


誠一は決意を新たにした。「はい。美咲と一緒に、新しい一歩を踏み出します」


幻一郎は、そんな二人を見守りながら微笑んだ。


誠一と美咲は、鵺瀬堂書店を出た。夕暮れ時の街は、柔らかな光に包まれていた。


「ねえ、誠一くん」美咲が小さな声で呼びかけた。


「うん?」


「今日は...本当にありがとう」美咲の頬が、夕日の色を反射してほんのり赤くなっていた。


誠一は優しく微笑んだ。「僕こそ、ありがとう。君の勇気に、みんなが応えてくれたんだ」


二人は並んで歩きながら、公園のベンチに腰かけた。空には、最初の星が輝き始めていた。


「美咲」誠一が静かに言った。「さっきの夢の中で言ったこと...覚えてる?」


美咲は目を伏せ、小さく頷いた。「うん...」


「本当だからね」誠一は真剣な眼差しで美咲を見つめた。「僕は、君のことが好きだ」


美咲はゆっくりと顔を上げ、誠一と目が合った。「私も...誠一くんのこと、好き」


二人の間に、静かな沈黙が流れた。誠一は、少しずつ美咲に近づいていった。美咲も、目を閉じて顔を近づけてくる。


そして、二人の唇が柔らかく重なった。初めてのキスは、ぎこちなくも、甘く、温かいものだった。


キスが終わると、二人は顔を真っ赤にしながら、互いを見つめ合った。


「これからも...一緒に頑張ろうね」誠一が言った。


美咲は嬉しそうに頷いた。「うん!」


二人は手を繋ぎ、星空の下を歩き始めた。これからの道のりは決して平坦ではないだろう。でも、二人で歩んでいけば、きっと乗り越えられる。


新たな冒険の幕開けは、まだ始まったばかりだった。

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【AI小説】夢渡りの少年と夢織りの少女 飯太郎 @meshitaro

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