第7話 深まる闇
教室に入ると、美咲は小さく息を吐いた。隣の席に座る佐藤さんが、優しく微笑みかけてくれる。
「おはよう、美咲ちゃん」
「おはよう、佐藤さん」
美咲は少し緊張しながらも、笑顔で答えた。ここ数日、佐藤さんとは少しずつ話せるようになっていた。誠一の言葉を思い出し、勇気を出して一歩を踏み出した結果だった。
授業が始まり、美咲は集中して先生の話を聞こうとした。しかし、ふと気づくと、クラスメイトたちの視線を感じる。小さな囁き声が耳に入ってくる。
「ねえ、美咲って佐藤と仲良くなったみたいだけど...」
「うん、でも相変わらず暗い感じがするよね」
「佐藤、大丈夫かな...あんな不気味な子と」
美咲は体が硬直するのを感じた。隣を見ると、佐藤さんも困ったような表情を浮かべている。
休み時間、美咲は勇気を出して佐藤さんに声をかけた。
「ごめんね、佐藤さん。私のせいで...」
佐藤さんは首を横に振った。「気にしないで、美咲ちゃん。私は美咲ちゃんと友達でいたいから」
その言葉に、美咲は少し安心した。しかし、その安心感は長くは続かなかった。
次の日、佐藤さんの机に「暗い子の友達」と書かれた紙が貼られていた。美咲は胸が締め付けられるような痛みを感じた。佐藤さんは何も言わず、黙って紙を剥がした。
日が経つにつれ、佐藤さんも美咲と同じように、クラスで孤立していった。誠一の言葉を信じて一歩を踏み出したのに、結果はこれだった。美咲は再び深い絶望感に襲われた。
「やっぱり...私には友達なんて...」
美咲は夜、一人でベッドに横たわりながら、涙を流した。目を閉じると、美咲は自分の作り出した夢の世界に入り込んでいった。そこは誰もいない、静かで安全な場所。現実世界での痛みを忘れられる唯一の逃げ場所だった。
朝になっても、美咲は目を覚まさなかった。両親が心配して声をかけても、反応はない。病院に運ばれ、検査を受けたが、原因は分からなかった。ただ、深い眠りに落ちているだけだった。
一方、誠一は美咲の様子が気がかりだった。ここ数日、鵺瀬堂書店にも来ていない。
「美咲...大丈夫かな」
誠一は不安な気持ちを抑えきれず、夢の中で美咲に会いに行くことを決意した。目を閉じ、美咲のことを強く思い浮かべる。ゆっくりと意識が遠のいていく。
目を開けると、そこは美咲の夢の世界だった。しかし、以前とは様子が違う。図書館のような空間は暗く、本棚は倒れ、本が散乱している。天井からは黒い霧のようなものが垂れ下がっている。
「美咲!美咲はどこだ?」
誠一は叫びながら、荒れ果てた夢の世界を歩き回った。そして、ようやく美咲を見つけた。彼女は倒れた本棚の陰で、膝を抱えて座っていた。
「美咲...」
誠一が近づくと、美咲は顔を上げた。その目は、誠一を見ているようで見ていないようだった。
「誠一くん...なんで来たの?」
美咲の声は、冷たく響いた。
「心配したんだ。鵺瀬堂書店にも来てないし...」
「帰って」美咲は静かに、しかし強い口調で言った。「もう、誰とも関わりたくないの」
「でも、美咲...何があったの?教えて」
美咲は深いため息をついた。「学校で...佐藤さんと少し仲良くなれたの。でも...」彼女の声が震えた。「それで、佐藤さんまでクラスで孤立しちゃって。私が関わると、みんな不幸になるの」
「そんなことない!」誠一は強く言った。
「分からない?」美咲は涙ぐんだ。「私はみんなに迷惑をかけるだけなの。佐藤さんだって...私のせいで苦しんでる。だから、お願い。帰って」
誠一が何か言おうとした瞬間、強い風が吹き荒れた。本が宙を舞い、誠一の周りを取り囲む。
「美咲!」
誠一が叫んだ時には、すでに遅かった。彼は夢の世界から弾き出されていた。
目を覚ますと、誠一は自分の部屋のベッドの上にいた。窓から差し込む朝日が、新しい一日の始まりを告げている。しかし、誠一の心は重かった。
「美咲...」
誠一はゆっくりと起き上がり、テレビをつけた。そこで目にしたのは、驚くべきニュースだった。
「昨夜から、町全体を覆う奇妙な黒い霧が発生しています。さらに、10代を中心に数十人が原因不明の昏睡状態に陥っているとの報告があります...」
誠一は息を呑んだ。画面に映る黒い霧は、美咲の夢の中で見たものと酷似していた。そして、昏睡状態...まさに美咲の状態そのものだ。
「まさか...」
誠一は急いで服を着替え、鵺瀬堂書店に向かった。幻一郎なら、何か分かるかもしれない。
店に飛び込むと、幻一郎が心配そうな顔で待っていた。
「誠一くん、来てくれたか」
「幻一郎さん、大変なんです!」
誠一は息を切らしながら、美咲の夢の中での出来事や、町の異変について話した。幻一郎は静かに、しかし真剣に聞いていた。
「なるほど...」幻一郎は深く考え込むような表情を見せた。「美咲ちゃんの能力が、町全体に影響を与えているのかもしれないね」
「美咲の...能力ですか?」
幻一郎は頷いた。「美咲ちゃんの『夢織り』の能力が、彼女の『人との関わりを絶ちたい』という強い願いと共鳴して、周囲に影響を与えているんだろう。特に、同じような気持ちを持つ若者たちが、その影響を受けやすいんだ」
誠一は愕然とした。美咲の孤独な思いが、こんなにも大きな影響を与えているとは。
「でも、どうすれば...」
「誠一くん」幻一郎は真剣な眼差しで誠一を見た。「君の『夢渡り』の能力は、美咲ちゃんよりも強い。だからこそ、彼女の夢の世界に入ることができたんだ。もう一度、強い思いを込めて挑戦してみるんだ」
誠一は決意を新たにした。「分かりました。もう一度、美咲に会いに行きます」
幻一郎は優しく微笑んだ。「美咲ちゃんの心の奥底にある、本当の願いを見つけるんだ。そして、彼女に希望を...そう、君たち二人で見つけた希望を思い出させるんだ」
誠一は深く頷いた。美咲を救うため、そして町を救うため、もう一度夢の世界に向かう決意を固めた。
「美咲...必ず会いに行くからね」
誠一の心に、新たな決意が芽生えた。この危機を乗り越え、美咲と共に新たな一歩を踏み出すための、大きな挑戦が始まろうとしていた。
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