第6話 心の真実

誠一は深夜、再び美咲の夢の中にいた。前回と同じ図書館のような空間だが、今回はより深く、より暗い場所まで進んでいた。本棚の間を縫うように歩いていくと、ふいに小さな泣き声が聞こえてきた。


声の方へ近づくと、そこには幼い美咲が座り込んでいた。周りには、開かれた本が散らばっている。それらの本のページには、美咲の過去の出来事が描かれているようだった。


「美咲...」

誠一が声をかけると、幼い美咲はびくりと体を震わせた。


「誰...?」

怯えた声に、誠一は優しく微笑みかけた。


「僕は誠一。君の友達だよ」


幼い美咲は疑わしげな目で誠一を見つめたが、すぐにその表情が和らいだ。


「友達...」


美咲は立ち上がり、誠一に近づいてきた。そして、彼女の周りに散らばっていた本の一つを拾い上げ、誠一に差し出した。


「これ...見て」


誠一が本を開くと、そこには美咲の転校の様子が描かれていた。新しい学校、知らない顔ばかりのクラスメイト。そして、孤立する美咲の姿。


「転校...大変だったんだね」


美咲は小さく頷いた。


「うん...お父さんの仕事で、よく引っ越しするの。だから、友達ができても...すぐにお別れになっちゃう」


誠一は胸が締め付けられる思いだった。美咲が人との関わりを避けるようになった理由が、少しずつ分かってきた。


次のページをめくると、今度は教室での場面が広がった。美咲が書いた物語を、クラスメイトたちが笑いものにしている。


「私の書いたもの...みんなおかしいって」

美咲の声が震えている。


「違うよ」誠一は強く言った。「美咲の物語は素晴らしい。僕はそう思う」


その言葉に、美咲の目に小さな光が宿った。


誠一がさらにページをめくろうとしたとき、突然本が閉じられた。目の前には、現在の美咲が立っていた。


「誠一くん...」美咲は少し驚いたような表情を見せた。


誠一は優しく微笑んだ。「やあ、美咲。また会いに来たよ」


美咲はほっとしたように肩の力を抜いた。「うん...ありがとう」


二人は図書館の奥にある小さな空き地に座った。頭上には、夢の中とは思えないほど鮮明な星空が広がっている。


「美咲、君の過去のこと...少し分かった気がする」

誠一はゆっくりと話し始めた。


「でも、まだ分からないこともある。例えば...どうして君は学校で自分の物語のことを誰にも言わないんだろう」


美咲は膝を抱えるようにして座り、星空を見上げた。


「怖いの...」彼女は小さな声で言った。「また、変だって言われるのが」


「でも、君の物語は本当に素晴らしいよ」


「誠一くんはそう言ってくれるけど...」美咲は言葉を詰まらせた。「でも、みんなは違うと思う」


誠一は美咲の横顔を見つめた。そこには、深い孤独と不安が刻まれているようだった。


「美咲、一人じゃないよ」誠一は静かに、しかし力強く言った。「僕がいる。幻一郎さんもいる。きっと、君の物語を理解してくれる人は他にもいるはずだ」


美咲は誠一を見つめ返した。その目には、小さいながらも希望の光が宿っていた。


「本当に...?」


「ああ、本当だよ」


その時、突然夢の世界が揺らめき始めた。


「あ...もう朝みたい」美咲が言った。


「そうみたいだね。でも、明日また会えるよ」誠一は微笑みかけた。


美咲も小さく頷いた。「うん...待ってる」


目を覚ますと、誠一は自分の部屋のベッドの上にいた。窓から差し込む朝日が、新しい一日の始まりを告げている。


誠一は起き上がりながら、夢の中で見たことを思い返していた。美咲の過去、そして彼女の心の奥底にある不安と希望。それらを知ったことで、誠一は美咲をもっと理解できた気がした。


学校での一日は、頭の中が美咲のことでいっぱいだった。どうすれば彼女を励ますことができるだろうか。そんなことを考えながら、誠一は放課後、いつものように鵺瀬堂書店に向かった。


店に入ると、幻一郎が優しく迎えてくれる。


「やあ、誠一くん。」


誠一は幻一郎に微笑みかけた。「こんにちは、幻一郎さん」


幻一郎は誠一の表情を見て、何か気になることがあるのではないかと感じたようだ。


「どうかしたかい?何か悩み事でも?」


誠一は少し躊躇したが、美咲のことを話すことにした。


「実は...美咲のことで少し心配なんです」


幻一郎は優しく頷いた。「美咲ちゃんね。彼女の様子が気になるのかい?」


誠一は美咲の夢の中で見たことや、彼女の不安について話した。幻一郎は静かに、しかし真剣に聞いていた。


「なるほど...」幻一郎は深く考え込むような表情を見せた。「美咲ちゃんの気持ち、少し分かる気がするよ。才能がある人ほど、時として周りの反応を恐れてしまうものさ」


誠一は熱心に聞き入った。「どうすれば美咲を励ませるでしょうか?」


幻一郎は穏やかに微笑んだ。「誠一くん、君はすでに正しいことをしているよ。美咲ちゃんの側にいて、彼女の才能を認めてあげること。それが何より大切なんだ」


その時、ドアベルが鳴り、美咲が入ってきた。


「こんにちは」


美咲の声は、いつもより少し明るく聞こえた。


誠一と幻一郎は顔を見合わせ、小さく頷いた。


「美咲、今日はどうだった?」誠一が尋ねた。


美咲は少し照れくさそうに微笑んだ。


「うん...今日ね、クラスで少し話せたの。隣の席の子と」


誠一の顔に、喜びの表情が広がった。


「それは良かった!どんな話をしたの?」


美咲は嬉しそうに話し始めた。小さな一歩かもしれない。でも、確実に美咲は変わり始めている。


誠一はそんな美咲を見つめながら、心の中で誓った。きっと美咲を助けよう。そして、彼女の素晴らしい物語を、多くの人に知ってもらおう。


その決意が、これからの日々を乗り越える力になることを、誠一はまだ知らなかった。

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