5.天下の決着(ガルデゾ)
反乱は、賭け事で、酒場で揉めた工夫達が、周囲を巻き込んで殴り合いをしていたら、止めに来た留守居の兵士と切り合いになり、結果として反乱になっていた、という、憤りすら湧いてこない話が原因だった。
しかし、そのような事で爆発する不満が、アルトキャビク市民にあった、と言う事だ。
後で分かった事だが、地方領主が挑発に応じられなくなったら、市民に重税が課される、という噂が流れていたそうだ。思い切って島をいくつか売ったので、国庫には余裕が合った。それが市民生活に反映されないのが問題だったが、金は街の修理と軍備に優先的に当てていた。
何とも虚しい話だ。ジャント本人は、、自身の妻と息子の探索すら、後回しにしていたというのに。
俺が戻った時は、乱戦で、城に戻るのに手こずった。そうこうしているうちに、コーデラ軍が攻めてきたのだが、何故か彼等は、俺達の加勢をした。
街から逃げた者達は、シーラスレの代港エステュスまで助けを求め、停泊していたタルカス総督の元に駆け込んだ。ラッシルが島を買ったので、コーデラも貿易の監視を口実に、停泊していた。ジャントは正式には認めてはいなかったが、特に何をする訳ではないし、火事場泥棒のような海賊にも手を焼いていたので、放置していた。
指揮者のタルカス提督は、俺を初めとする、ジャントの配下を「捕らえた」。だが、彼は、俺達を虜囚どころか、同盟者のように扱った。
「私達は、『王』は、正しい血統により定まる者だと考えています。」
そう微笑みながら、俺達に、ファルジニアをエルキドスの元から奪回し、フィルスタルの正当な後継者として女王にする、という提案をしてきた。
正当な順番は、エルキドスと共にいるエイドルに成るはずだ。だが、タルカスは、エイドルが本物ではない事について、確信を持っていた。
彼は真実を知っていたからだ。
どうやったかは解らないが、絶望的な状況から、カイオンはエイドルを助け出し、逃げ延びて、ある街の隠れ家に潜んだ。そのままラッシルかコーデラに逃げるつもりだったらしいが、エルキドスに見つかり、カイオンだけ、連れ戻された。エイドルは、身分を捨て、ラッシルに亡命した。
内容も衝撃だが、タルカスが事情を知っている事には、もっと驚いた。
「その街には、我々の手の者もいたのです。ラッシルには先を越されましたが。
カイオンは、自分が戻り、替え玉を盛り立てる条件に、エイドル殿下を見逃すこと、を条件にしたようですな。
エイドル殿下を引き取った貴族は、ナスタシャ妃のご両親に思い入れがあるので、殿下は、再びキャビクの表舞台に出る事なく、平穏にお過ごしでしょう。
皇帝にばれても、例の鉱石の採掘券をちらつかせれば、コーデラも戦ってまで、エイドル殿下を擁立することはしないと思いますよ。」
しかし、コーデラが、わざわざ軍を出しておいて、無償でフィルスタル・キャビクに手を貸し、助言までしてくれる筈もない。タルカスの望みは、ゆくゆくは、ファルジニアとコーデラの王族か、大貴族を結婚させる事だった。
僅かな笑みのまま、淡々と語るタルカスを見て、俺は、世界は広く、ノアミルより頭のいい者もいることを実感した。
こうして俺は、ファルジニアをエルキドスから奪い返し、女王にする道を目指した。結婚を勝手に決めてしまう権限は俺にはないが、女王になるからには、自由に結婚は決められない。複数いる候補から選べるなら、自由と言えなくもないだろう。
そうして、ついに、炎の神殿で、ファルジニアを確保した。ただ、これでフィルスタルの血は救えても、シャルリを助ける事は叶わなかった。ファルジニアを保護してから攻め入り、祭壇と広い窓のある広間で、彼女は、カイオン、エルキドスと、ゲルドルらしき金髪の青年と共にいた。シャルリは、俺を見て、駆け寄ろうとした。だが、背後から、誰かに刺された。エルキドスかゲルドルか解らないが、恐らくエルキドスだ。カイオンが、シャルリに、しっかりしろ、と縋り付き、シャルリは何か言っていたが、すぐ事切れたようだった。
カイオンの背後では、エルキドスとゲルドルが争い、エルキドスがカイオンを切ろうとした。ゲルドルが、それを庇って切られていた。エルキドスは、切り合いに勝ったものの、その場に膝をついて倒れた。
あっと言う間の出来事だった。
カイオンは、ただ、血塗れの床に座り込み、シャルリを抱きしめて、嘆いていた。
その姿が、一瞬、サンドに重なった。
カイオンに、呼びかけたが、彼は、返事をしなかった。そっとシャルリを放して横たえ、ゲルドルの側に座り直した。彼の頬に触れて、何か話す。
俺は、彼を捕らえろ、と、タルカスから借りている弓兵に命令した。
だが、弓兵の隊長は、攻撃命令と勘違いした。彼等の弓矢は、一斉にカイオンを貫いた。
この事で、タルカスは、俺の命令を無視した隊長を叱責し、珍しく怒りに激昂していた。しかし、どちらにしろ、カイオンは処刑か追放だ。それに、弓隊の隊長は、まだ若い、非常に小柄な女性だった。移民出身で、コーデラ語は話せるが、キャビク語はあまり得意でなかった。シャルリと変わらない年齢だったため、厳罰は忍びず、俺はファルジニアに免じての恩赦を提案し、タルカスは承知した。
先立ってエイドルの死を発表してしまっているので、ゲルドルは普通なら、僭称者扱いになる所だった。遺体は野ざらしか切り刻んで捨てるか。(海で死んだ時だけは敵も味方も水葬になるが。)
しかし、首謀者のエルキドスは家柄も考慮して普通に埋葬される。タルカスは、
「そこまで似ているなら、本当に血縁かもしれません。無下にはしないほうがいいでしょう。」
と、エルキドスの庶子にでもして、埋葬してしまおうと提案した。俺も、グレタの弟ということもあるし、遺体を粗末に扱うのは憚られた。タルカスの提案には乗ったが、扱いはシグランストの庶子にした。僭称者が王族の庶子、なんて、考えられない格上げだが、
「血縁かもしれない。」
と言う所に、引っ掛かりを感じたからだ。
この埋葬は当たった。ゲルドルの血統ではなく、ファルジニアの結婚の時の事だ。
ファルジニア結婚の直前に、ゲルドルと彼女の結婚証明書が、いきなり出てきた。もちろん、ゲルドルの署名はエイドルの物になっていたが、証人の欄にエルキドスの名があった。時期としては、彼等がアルトキャビクから逃げ出し、神殿で亡くなるまでの間だ。
キャビク聖女教会は、子供との結婚は、原則は認めていない。しかし、式を行ったのは、北方の辺鄙な村にある教会だ。マニクロウの出身地に近く、地方の慣習として、特例が認められやすかった。それに、小さな教会の聖職者が、軍隊を引き連れた王族の要請に逆らえる筈もない。
ファルジニアの、外国人との結婚を、阻止したい一派が、必死で探してきた物だった。フィルスタルに背いた僭称者の下賤の者と結婚していた、という話に持ち込み、当時、身分差婚に否定的だったコーデラの世論に訴えたかったようだ。この時に、ゲルドルの身分を、フィルスタルの庶子にしておいた事が効いた。
そもそも、聖女コーデリアの教会は、キャビクであれコーデラであれ、ラッシルであれ、未亡人の再婚を禁止する教義は無い。恩恵の届かない世界には、再婚するくらいなら、子供共々飢えて死ね、とか、夫が死んだら、妻は一緒に火葬にする、という因習もあるそうだが、フィルスタル・キャビクは野蛮人の集いではない。
また、ファルジニアはまだ幼かったため、式の事は殆ど覚えていなかった。反対に同情されて、国民を騙した、という非難もされなかった。されないように、策を弄した結果ではあるが。
エール、シャリーン、オーレオン、そしてシールと王子には、再会できなかった。
オーレオンは、北西部まで逃げ延びて、妻の実家に救援を頼むために、コーデラに向かおうとした時、デラクレスの系列の一派に捕まり、横死した。一派の首領から、
「ファルジニアは自分の実の娘ではなく、妻のカミュイーネの不倫で出来た子である。実は彼女より前に正式に結婚した女性がいて、彼女との間に息子が出来た。それがビルグロス(首領の名)だ。」
という書類にサインしろと強要され、拒否したら殺された。ファルジニアが即位する時に、彼女が産まれた時の、両親の年齢からして、あり得ない、という噂が立った。その噂を聞いて、ビルグロスの元部下と言う男性が名乗り出て、
「オーレオン様は、拷問されても、ファルジニアは正統な王家の娘だ、と言っていました。その姿に打たれ、あの方の助命をお願いする者が増えたので、ビルグロスは、あの方を殺しました。」
と告白した。彼は、オーレオンから、ファルジニアの嫡出を保証した文書を、髪の毛と共に預かっていた。
「紋章入りの指輪や、王家に伝わる装飾品は、みな、ビルグロスが奪っていたので、髪しか、添えられる物が無かったのです。」
この男性には、家と年金を都に与え、罪を免除した。
シールは、南部の小さな村に匿われていが、そこで死亡していた。この消息は、先のオーレオンの最後の話が広まった後、へボルグに身を潜めていたイスルが出てきて、明かした。
オーバルンが街を敵に明け渡した時、シールはシャリーン、エールと数人の兵士と共に逃げた。兵士の一人の故郷が、その山間の村だったからだ。隙きを見てアルトキャビクに、と思っていた所に、俺が派遣したイスルの部隊と遭遇した。
彼はまっすぐへボルグに向かわず、敵に見つからないように、山あいの村と村を繋ぐ道を取っていたからだ。彼は、シール達には村で待機してもらい、裏切り者のオーバルンを倒しに行った。
オーバルンは、街を占領したリルクロウ派の連中の、略奪を止めさせる目的で、
「シールと結婚して息子を養子にしたら、王位を狙える。未来の領民に恨まれる真似は止めろ。結婚の件は、自分が責任を持つ。」
と苦し紛れに言った。それでシールを探そうとした所に、イスル達がやってきた。
イスルは、シール達がへボルグにいないなら、と、最初は徹底して攻めたが、敵は街の中で物資は豊富、味方は長い道のりで疲労している、という、わかりきった条件で負けた。捕まったイスルは、シールの事を吐かされた。
オーバルンは、占領者に報告し、シールを捕える部隊が出された。だが、イスルは、街を逃げ出し、シールに知らせた。
彼がオーバルン達の目的を伝えると、シールは、イスルとエールに王子を託して逃し、自分はシャリーンと兵士たちと共に、部隊を迎え討ち、全滅するまで戦って死んだ。
しかし、イスルは、アルトキャビクに戻る途中で、エール達と逸れてしまった。三人なら、街中の方が誤魔化しやすいと思い、港町から港町に移動するルートにした。が、それが仇になり、船の乗り継ぎに失敗して、二人と逸れた。
彼は、シールの村に戻ったが、村は壊滅していた。生き残りが数人いたので、彼等から顛末を聞いた。
その後、彼は、村人を連れて、へボルグに向かった。オーバルンは顛末は知っていたが、報告はせずに黙っていた。イスルは、直接リルクロウ派の首領に報告した。結果、オーバルンは街を追放された。
イスルは、村人を助けてくれ、と言い残してへボルグを去った。その後、兵士は辞めて名前を変えて、港町で商売をした。
ファルジニアの婚礼の話が出た時に、良い機会だから、脱走の罪を告白して、許してもらえ、と、家族に説得された。それで名乗り出て来たのだ。家族は、脱走兵だと言うことしか知らなかったが、彼は、俺には全てを話した。
望み通り、脱走の罪は許した。しかし、彼の話は、手放しで信用は出来なかった。彼の地位はそれほど高くはない。最初に始めた商売が、どの程度の物かは分からないが、故郷を離れて逃亡中の身で、そんな金があっただろうか。エール達と別れたのと引き換えか、敵の首領に情報を売ったからの大金ではないか。それ以外にも、妙に「清廉」な自画像が不審だ。しかし、嘘である証拠がない。一応保留にし、都の滞在費を渡して、後日改めて恩賞は払う、と伝えた。
しかし、恩賞はなかった。よほど嬉しかったのか、その夜、酒場ではしゃぎすぎ、金を見せびらかしたせいで、宿に帰る道で野盗に襲われて死んだ。半日捜索したが、犯人は見つからなかた。
彼の話を、公に発表する時は、王子は死亡した事にした。
エールと名も無い王子には、政争から遠ざかり、生き延びて欲しかったからだ。
グレタとゲルドルの妹であるラーンは、ファルジニアに仕えていて、神殿で共に確保された。俺は彼女の兄の死因に関わった事になるが、彼女は拘っていなかった。
「『王様なんて、賭けるものは決まっていて、たった一つしかない。』って、言ってわ。」
本人が、既に覚悟していたから、と。
だが、これも、もしゲルドルを丁重に埋葬しなかったら、出て来ない言葉だったろう。
ラーンと俺は、ファルジニアに長く仕えた。ラーンはずっと独身を通したが、俺は、件の弓兵のミュールと結婚し、息子二人と、娘一人を授かった。
長男は俺が名付けてジャント、次男は彼女が名付けてサーロ、娘はシャドリーナと名付けた。名付けで揉めたので、シャルリと、ミュールの母のナードナを合わせた。
ジャントの名は俺の息子に伝えた。彼の精神の象徴、狼の王冠の伝統は、ファルジニアに受け継がれた。彼女の王冠の正面には、コーデラから送られた、精巧な貝のレリーフがはめられた。
それは、狼を懐ける乙女の意匠だった。
俺は、概ね、運良く人生を渡ってきたと思う。振り返り、後悔と未練を感じるのは、グレタの生死がわからないままだった事だ。
だが、家族を亡くしたが、新しい家族を得た。
王も亡くしたが、王家の血は守る事が出来た。
何より、仲間は皆、死んでしまったが、彼等の記憶と共に、動乱の時代を、年を取るまで生き延びた。
亡くした人や物は、取り戻す事は出来ないが、次に繋げていく事は出来る。新たな時代の思想に、盛り込む事により。俺やラーンは、そうして、死者を生かす機会に恵まれたのだ。
勇者達の翌朝・新書 回想(キャビク史編) L・ラズライト @hopelast2024
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